たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。
そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。
その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。
今回ご紹介するハートフル・キーワードは、「識」です。



リーダーには、当然ながら常識や知識が求められます。そして、豊かな知識は教養へと進化します。ドラッカーは、「21世紀社会は知識社会である」と述べました。たしかにその通りでしょう。しかし、一般に考えられている知識社会の「知識」は「情報」に近いニュアンスではないでしょうか。それでは不十分です。本当の「知識」とは「教養」につながるものでなければなりません。



ドラッカーは「マネジメント」という概念を発明した人ですが、「マネジメントとは伝統的な意味における一般教養である」と述べています。それは、知識、自己認識、知恵、リーダーシップという人格に関わるものであるがゆえに教養であり、同時に実践と応用に関わるものであるがゆえに教養であるというのです。



特にリーダーには、教養というものが欠かせません。陽明学者の安岡正篤によれば、中国の歴史では『三国志』が面白く、日本の歴史では幕末維新の話が面白いといいます。なぜ面白いかというと、その前の時代である後漢200年と徳川260年が世界史でも最高の文治社会だったために、登場人物がすべて一流の教養人であり、彼らの言葉のやりとりにすべて含蓄があり教養があるからだとか。
後漢の初代光武帝は「天下いまだ平らかならざるにすでに文治の志あり」と言われた人で、学問を大いに奨励したのみならず、全国にすぐれた学者や賢人を求めて政府に登用しました。そのために、『後漢書』は教養書として後世珍重されたのです。



江戸時代もまた、大坂城落城の後は武をもって立つ道が閉ざされたため、学問だけが出世の道となりました。どんな貧しい書生でも勉強さえすれば、新井白石荻生徂徠のように国の政治をあずかる立場にも立てる社会だったのです。ですから、若者の知識への貪欲さはその後の時代とは大きく違いました。
江戸しぐさ」には「お心肥」という素晴らしい言葉があります。江戸っ子の真髄を示している含蓄のある江戸言葉ですが、頭の中を豊かにして、心を豊かにする、つまり教養をつけるというのがその意味です。



教養は人間的魅力ともなります。カエサル古代ローマの借金王でしたが、原因の1つは、自身の書籍代だったといいます。当時の知識人ナンバーワンはキケロと衆目一致していましたが、その彼もカエサルの読書量には一目置きました。当時の書物は、高価なパピルス紙に筆写した巻物です。当然ながら高価であり、それを経済力のない若い頃から大量に手に入れたため、借金の額も大きくなっていったのです。カエサルは貪欲に知識を求めたのであり、当然、豊かな教養を身につけていたに違いありません。「人類史上最もモテた男」の1人と言われる彼の魅力の一端に、その教養があったのです。



人格を高め、人間的魅力をつくる教養。教養は人間の心を肥やすもの、すなわち心の栄養、心のカロリーでもあるのです。大いに心を太らせて、ハートフル・リーダーになりたいものです。なお、「識」については、『龍馬とカエサル』(三五館)に詳しく書きました。


龍馬とカエサル―ハートフル・リーダーシップの研究

龍馬とカエサル―ハートフル・リーダーシップの研究

*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2016年5月19日 佐久間庸和