観光は銅像見学から  


この記事は、当ブログの1998本目の記事です。
横須賀に来ています。会長を務める全国冠婚葬祭互助会連盟(全互連)の総会がこの地で開催されるのです。横須賀は互助会の発祥の地ですが、明日は鎌倉にまで足を延ばして観光する予定です。「日本最大の銅像」ともいえる鎌倉の大仏を見学するのが楽しみです。
さて、6日に「サンデー毎日」2017年6月18日号が発売されます。わたしは、同誌にコラム「一条真也の人生の四季」を連載しています。第83回目のタイトルは、「観光は銅像見学から」です。なお、当ブログは2000本目の記事をもって終了いたします。今後の「一条真也の人生の四季」は、「一条真也の新ハートフル・ブログ」で紹介させていただきます。


サンデー毎日」2017年6月18日号



わたしは観光が大好きです。多くの観光地には、その土地ゆかりの銅像が建立されています。じつは、わたしは三度の飯より銅像が好きなのです。
正確には、銅像の真似をして写真に写ることが好きなのです。
わたしの本名で公開しているブログには、「銅像に学ぶ」というカテゴリーがあり、各地の銅像と撮影した写真を紹介しています。最近訪れた中国では玄奘像と記念撮影しました。



しかし、これは単におふざけでやっていることではありません。「銅像」とは偉大なる先人たちの魂が宿った姿であり、そのポーズには何かしらのメッセージが潜んでいます。その偉人と同じポーズをとることで、偉人の志を感じることが大事なのです。
これは先人に対する「礼」でもあり、その精神を学ばせていただいています。



もともと「学ぶ」という言葉は「真似ぶ」から来ています。
銅像の真似をすることには意味があるのです。「観光」とは、もともと四書五経の1つである『易経』の中の「観國之光」という言葉に由来します。「國之光」とは、その地域の「より良き文物」や「より良き礼節」と「住み良さ」をさします。



すなわち観光とは、日常から離れた異なる景色、風景、街並みなどに対するまなざしなのです。どんな土地にも、固有の光り輝く魅力がある。観光とは文字通り、その光を観ることにほかなりません。土地の光を観る精神は、人間の光を観る精神にもつながるように思う。つまり、その人の長所や美点を観るということです。


論語』には「君子は人の美を成す。人の悪を成さず。小人は是れに反す」という言葉があります。「君子は人の美点を伸ばし、悪い点は出さないようにするものだ。小人はその反対だ」という意味です。「温故知新」も『論語』に出てくる言葉ですが、わたしは銅像を通して先人の志を学ばせていただいているのです。プライベートでの旅行はなかなか時間的に難しいですが、これからも仕事の出張先で、まだ見ぬ銅像とめぐりあえることを楽しみにしています。


サンデー毎日」2017年6月18日号の表紙



*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2017年6月6日 佐久間庸和