笑縁

 

佐久間庸和です。
わたしは一条真也として、これまで多くの言葉を世に送り出してきました。この際もう一度おさらいして、その意味を定義したいと思います。今回は「笑縁」です。「無縁社会」などと呼ばれ、血縁と地縁の希薄化が目立つ昨今です。人間は1人では生きていけません。「無縁社会」を超えて「有縁社会」を再生させるためには、血縁や地縁以外のさまざまな縁を見つけ、育てていく必要があります。そこで注目されるのが趣味に基づく「好縁」。この中には、笑いによって縁を生み出す「笑縁」があります。


孔子とドラッカー 新装版』(三五館)

 

わが社は「落語の会」や「笑いの会」の開催を通して、笑いによる縁としての「笑縁」作りに励んでいます。拙著『孔子とドラッカー 新装版』(三五館)の「笑――ユーモアと笑顔が福を呼ぶ」にも書きましたが、笑顔は世界共通のコミュニケーションの「かたち」です。わが社の経営理念であるS2Mには「SMILE TO MANKIND(すべての人に笑顔を)」があります。わが社のような「ホスピタリティ」すなわち「親切な思いやり」というものを提供する接客サービス業においては、笑顔・挨拶・お辞儀といったスキルが非常に大切となります。中でも特に笑顔が必要であると言えます。サービスの現場だけではありません。営業においても、明るい笑顔でお客様に接するのと暗い無表情で接するのとでは雲泥の差があり、それは確実に成果の差となって出てきます。

f:id:shins2m:20190214114502j:plain「笑いの会」のようす 

 

マンカインドとは「人類」であり、「すべての人」という意味です。すべての人は、わたしたちのお客様になりえます。ぜひ、お客様のみならず、取引業者の方や社内の人たち、部下や後輩にも笑顔で接していただきたいと社員の皆さんにお願いしています。冠婚葬祭互助会であるわが社は、死別の悲嘆に寄り添う「グリーフケア」にも積極的に取り組んでいますが、そこでも笑顔やユーモアというものを大切にして、愛する人を亡くされた遺族の方々を対象とした「笑いの会」などを開催しています。葬儀においては、ひと昔前の遺影写真は笑顔がタブーとされてた時もありましたが、最近は笑顔の写真で遺影写真を作られる方も増えてきました。遺影写真は代々その家に残る写真なので、かしこまった写真より笑顔の写真がご遺族も心穏やかに過ごせるのではないでしょうか?

 

かつて、昭和の時代にハナ肇とクレイジーキャッツの「ゴマスリ行進曲」という歌が大ヒットしました。ゴマスリは手間もかからないし元手もいらないので、「大いにゴマをすろう!」というような内容で、亡くなった植木等さんが歌っていました。笑顔もまた、手間もかからず、元手もいりません。ゴマスリなどする必要はありませんが、そのかわりに笑顔を心がけたいものです。これほど安上がりで効果が高い接客スキルというものは、他には存在しません。まさに、最高のコスト・パフォーマンスですね。


笑顔は、接客サービス業においてだけでなく、ありとあらゆるすべての人間関係に大きな好影響を与えます。ミュージシャンの高橋優が、「福笑い」という歌で「きっとこの世界の共通言語は、英語じゃなく笑顔だと思う」と歌ってましたが、国籍も民族も超えた、まさに世界共通語、それが笑顔です。また、性別や年齢や職業など、人間を区別するすべてのものを超越してしまいます。


マスクを着けても笑顔です!

笑う門には福来る!

 

「すべての人に笑顔を」は、「人間尊重」そのものです。笑顔のない組織に潤いはなく、殺伐とした非人間的な集団にすぎません。会社にも社会にも笑顔が必要です。そう、笑う門には福来る! 現在、コロナ禍のマスク越しでは笑顔が伝わらず、目の表情やアイコンタクトが大切になります。せめて、「マスクの下は笑顔です!」を心掛けたいものですね。ハハハハハ☺️

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2026年7月19日 佐久間庸和

歌縁

 

佐久間庸和です。
わたしは一条真也として、これまで多くの言葉を世に送り出してきました。この際もう一度おさらいして、その意味を定義したいと思います。今回は「歌縁」です。「無縁社会」などと呼ばれ、血縁と地縁の希薄化が目立つ昨今です。人間は1人ではきていけません。「無縁社会」を超えて「有縁社会」を再生させるためには、血縁や地縁以外のさまざまな縁を見つけ、育てていく必要があります。そこで注目されるのが趣味に基づく「好縁」です。この中には、お互いに歌を歌い合ったり、同じ歌を合唱する「歌縁」があります。


音楽は「人間関係を良くする魔法」です!

 

コロナ前、わたしはよくカラオケに行きました。いろんな人と一緒に行きましたが、特によく一緒だったのが「バク転神道ソングライター」こと宗教哲学者の故鎌田東二先生です。ブログ『歌と宗教』で紹介した鎌田先生の著書では、この宇宙自体が歌っているという考え方を紹介しています。「宇宙は和音を奏でている」として、鎌田先生は「わたしも、生きとし生けるものは個々にあって、すべて歌を歌っているのだと思う。これは宗教学的に言うと、すべてのものにたましいやこころやちからが宿っているというアニミズムである」と述べています。

 

 

また、鎌田先生は「たしかに、存在というものは、たとえ無機物のように見えても、またはすでに死んでいるように見えても、生きていて歌を歌っているとわたしは思っている。ピタゴラスの言うように、宇宙は歌あるいは音楽であって、わたしたちは、宇宙全体が鳴り響く交響曲のような世界の中に存在しているのである。そう考えれば、わたしにとって歌を作るということは、人為的なものではない。その中の一部分をいただいているというか、感受しているようなものなのだから、わたしの歌が3分間、いや3秒でもできるのは当然なのだ」とも述べます。

 

 

紀貫之が書いた『古今和歌集』の「仮名序」には、「(歌は)力をも入れずして天地を動かす力がある」というくだりがありますが、鎌田先生は「これはなんとすごいことであろうか。どんなに力を入れても、人類の発明したどんな文明の利器を使っても、天地を動かすことなどはできないと思うのがふつうである。しかし、歌にはそういうことができると、『仮名序』には書いてあるのだ。これはつまり、歌が宇宙であり、まさに天地を動かしている根本原理だという歌の哲学が底にある」と述べています。

 

 

鎌田先生は神道研究の第一人者として知られましたが、八百万の神々の中でも特にスサノヲノミコトに注目しています。スサノヲノミコトといえば「荒ぶる神」としてのイメージが強いですが、鎌田先生は「古事記にさかのぼって考えていくと、そもそも歌の始まりは、暴力として発動していく無秩序なエネルギーと同源であった」と指摘します。スサノヲノミコトは、ヤマタノオロチという八頭八尾の大蛇を退治しました。そして、斬り殺した大蛇の1本の尻尾から怪しい光を発するクサナギノツルギを見つけます。スサノヲはこの剣をアマテラスに献上し、天皇家の三種の神器の1つになったとされています。大蛇を退治した後、スサノヲは愛するクシナダヒメと結婚し、ともに暮らしていくことになります。


この結婚により、乱暴な暴力神、荒ぶる神だったスサノヲは初めて、この世界に調和をもたらす神になることができたのです。そして、これから命をつないでいく愛の営みのための御殿を作り、次の歌を詠みました。


八雲立つ 出雲八雲垣 妻籠みに 
                  八重垣作る その八重垣を

 

この短い24文字の中に、住居をあらわす「八重垣」という言葉が3回も登場します。八重垣3回で9文字ですから、じつに全体の3分の1以上が「八重垣」です。ほとんど「ヤエガキ・シュプレヒコール」と呼んでもいいようなこの歌こそは、日本最古の和歌として「仮名序」に紹介されている歌なのです。


 

 

神道研究の第一人者であった鎌田先生は、スサノヲの一連の行動から「歌と剣がもたらす秩序の両面性」というものを発見し、「歌は人を生かし、世界に秩序をもたらす。剣がこの世界に1つの粗暴なもの、ヤマタノオロチとして登場してくる荒ぶる力を鎮める外敵な力のコントローラーだとしたら、内的なコントローラーは歌である。歌と剣は、スサノヲの両面性を示しているのだ。子どもの頃は泣いてばかりいた乱暴者が、愛を得て歌い手になる。そのことによって自分の暴力性を鎮めることができた」と述べます。紀貫之は「力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり」と書きました。鎌田先生は、「まさにこれ、なのである」と述べています。


矢沢永吉のナンバーを熱唱する

 

『歌と宗教』の第2章「人類の発祥と宗教と歌」では、鎌田先生は「今日仕事に行きたくない、だが行かねばならないと思い悩んでいる時に、歌を歌ったりすると気持ちが良くなって、また意欲が出できたり、違うテンションになったりするものだ」と述べています。これを読んで、わたしは大いに納得しました。わたし自身、自分の心を鼓舞するために歌を詠んだり、また思い悩んでいるときにはカラオケでお気に入りのサザンオールスターズや矢沢永吉のナンバーを熱唱すると気持ちが良くなって、また意欲が出できたり、違うテンションになるからです。この意味で、毎日の朝礼で社歌をみんなで歌うということには大きな意味があります。まさに、社歌を全員で歌うことは生産性の高さにつながっているのです!


カラオケを熱唱する鎌田東二先生

 

鎌田先生は日本を代表する宗教哲学者ですが、「歌は宗教を超える」と喝破します。そして、歌の本質について、「歌が万国共通であるゆえんは、『宇宙が歌』であるということに由来する。それは、キリスト教であろうが仏教であろうが、関係ない。そういう、宇宙が歌、音楽である、ということの精神性、霊性を伝えたかったのだ。これは、異教徒であろうが、通じるはずだ。キリスト教徒でないわたしたちでも、バッハやモーツァルトやグレゴリオ聖歌を聴いて、心が洗われたり、慰められたり、感動したりするからだ。アメリカ先住民(アメリカ・インディアン)の歌声を聞いても、深いところで心が震えるような気持ちになる。アフリカの歌もそうである。歌は、宗教や人種や民族を超えているのだ」と述べています。

宇宙における情報システム

 

この「歌は宗教を超える」という考え方は、ブログ「宗遊」に書いたキーワードの思想そのものです。宗教の「宗」という文字は「もとのもと」という意味で、わたしたち人間が言語で表現できるレベルを超えた世界です。いわば、宇宙の真理のようなものです。その「もとのもと」を具体的な言語とし、慣習として継承して人々に伝えることが「教え」です。だとすれば、明確な言語体系として固まっていない「もとのもと」の表現もありうるはずで、それが「遊び」なのです。歌とは、人間の心を自由にするという意味でも「遊び」そのものであり、最も原始的な「もとのもと」の表現ではないでしょうか。


『歌と宗教』の帯の裏に書かれた言葉

 

鎌田先生は、歌の持つ力について、さらに「歌や祈りの言葉は、国境を超え、宗教を超えて、人々の魂、身体に直接働きかける力をもっているのだ。それは、世界を救うための人類の教義といった知的レベルを超えたダイナミックな力動性を宿している。だから、歌は人の心を切り替え、世界のありようの感受のしかたを切り替え、人間の関係性をも切り替えることができるのだ」と述べます。この言葉は、本書の帯の裏にも掲載されています。わたしは、歌の本質をとらえた名文であると思います。実際、歌はどれほど多くの人々の心を豊かにしてきたことでしょうか!

 

 

わたしは、この言葉の最後にある、歌が「人間の関係性をも切り替えることができる」というくだりを読んで、孔子の説いた「礼楽」を連想しました。ブログ「音楽について♪」に書いたように、「礼」を重視した孔子はまた、度はずれた音楽好きでもあったのです。『論語』には、「楽は内に動くものなり、礼は外に動くものなり」という言葉があります。「音楽は、人の心に作用するものだから内に動く。礼は、人の行動に節度を与えるものだから外に動く」という意味です。「礼は民心を節し、楽は民生を和す」という言葉もあります。「礼は、人民の心に節度を与えて区切りをつけるものであり、音楽は、喜怒哀楽の情をやわらげて人民の声を調和していくものである」の意味です。


「礼楽」を実現する(?)ムーンサルト・カラオケ♪

 

さらに、以下の『論語』の言葉が孔子の「礼楽」をわかりやすく表現しています。「楽は同を統べ、礼は異を弁(わか)つ」。音楽は、人々を和同させ統一させる性質を持つ。一方で、礼は人々の間のけじめと区別を明らかにする。つまり、師弟の別、親子の別というように礼がいたるところで区別をつけるのに対して、音楽には身分、年齢、時空を超えて人をひとつにする力があるのだ。このように、孔子は「楽」を「礼」と組み合わせたのです。それは大いなる「人間関係を良くする魔法」でした。


2019年の「隣人大歌声喫茶」のようす

 

わが社は、「隣人祭り」を開催していることで知られています。コロナ前には北九州市だけで年間700回も開催していましたが、毎年6月には、フランス・イギリス・ドイツ・イタリアをはじめとした世界各国で同時に「隣人祭り」が開催されます。日本会場は北九州市八幡西区折尾のサンレーグランドホールですが、そこでは「隣人大歌声喫茶」が人気でした。歌の講師のリードで、なつかしいメロディーをみんなで歌うのです。

2012年の「隣人大歌声喫茶」のようす

 

2012年の「隣人大歌声喫茶」では、最初に「朝はどこから」を歌いました。次は「有楽町で逢いましょう」でしたが、「有楽町」を「隣人祭り」に変えて替え歌で合唱しました。「あなたと私の合言葉、隣人祭りで逢いましょう!」の大合唱を聞いて、わたしの胸が熱くなりました。それから「お座敷小唄」、「ここに幸あり」、「銀座カンカン娘」、「いつでも夢を」を歌いました。そして最後は参加者全員で「東京ラプソディ」を大合唱しました。最後は、みなさんラインダンスまで踊って、ものすごい盛り上がりでした。


「まつり」は日本のうた!

 

わたしは、これまでに会社や業界の行事などで数多くの歌をうたってきました。最も多く歌ったのは、おそらく、ブログ「まつり」で紹介した北島三郎先生の名曲でしょう。会場が一体となる、本当に日本人の心性に合った素晴らしい歌だと思います。ある程度の年齢以上の日本人で、この歌を嫌いな人はあまりいないのではないでしょうか?


「まつり」で社員の心が1つに! 

 

わたしは、各地の新年祝賀会でも「まつり」を歌ってきました。北九州では「蛇踊り」、大分では「中津祇園」、宮崎では「ひょっとこ踊り」、沖縄では「カチャ―シー」、そして北陸では「御陣乗太鼓」と競演しました。各地の互助会の営業員さんたちも大変喜んで下さり、握手やハイタッチもたくさん交わすことができました。最高のコミュニケーションとなりました。「まつり」は北島三郎先生の代表曲ですが、その北島先生は「演歌は人と人をつなぐ縁歌だ」との名言を残されています。そう、歌には、人と人との縁を生む力があるのです!

 

2026年7月18日 佐久間庸和

読縁

 

佐久間庸和です。
わたしは一条真也として、これまで多くの言葉を世に送り出してきました。この際もう一度おさらいして、その意味を定義したいと思います。今回は「読縁」です。「無縁社会」などと呼ばれ、血縁と地縁の希薄化が目立つ昨今です。人間は1人では生きていけません。「無縁社会」を超えて「有縁社会」を再生させるためには、血縁や地縁以外のさまざまな縁を見つけ、育てていく必要があります。そこで注目されるのが趣味に基づく「好縁」です。この中には、同じ本を読む「読縁」があります。

心ゆたかな読書』(現代書林)

 

本ほど、すごいものはありません。自分でも本を書くたびに思い知るのは、本というメディアが人間の「こころ」に与える影響の大きさです。わたしは、本を読むという行為そのものが豊かな知識にのみならず、思慮深さ、常識、人間関係を良くする知恵、ひいてはそれらの総体としての教養を身につけて「上品」な人間をつくるためのものだと確信しています。読書とは、何よりも読む者の精神を豊かにする「こころの王国」への入り口です。


読書会というものがあります。集団で読書、または読書に関するコミュニケーションを行うためのイベント、またはイベントを開催するグループです。関連する用語として「ブッククラブ」「リテラチャー・サークル」「会読」「読書グループ」などがあります。アメリカでは、毎回特定の本を取り上げて公開読書会を行うテレビ番組上の企画「Oprah’ Book Club」が話題となり、アメリカにおける読書会ブームに影響を与えました。こういった読書会は、読書の縁としての「読縁」を形成しています。


『コンパッション都市』(慶應義塾大学出版会)

 

ブログ『コンパッション都市』で紹介した医療社会学者で、米国バーモント大学臨床教授のアラン・ケレハーの著書には、人間に不可避の老い、病、死、そして喪失を受けとめ、支え合うコミュニティである「コンパッション都市」の基本的な思想・理論とともに、アメリカにおいて実践に向けたモデルが詳しく解説されていますが、その中に「『コンパッション関連書』読書クラブ」というものが紹介されています。



昨今読書クラブの人気が上昇しているとして、ケレハーは「楽しみつつ興味のある分野の新刊や気になる話題の潮流を追いながら、似た興味をもつ人びとと出会うのによい方法である。始めることが容易なので、職場、教会、趣味つながりなど地域で自分たちの読書クラブを始めているグループも多くある。3、4人の友人グループからはじめ、そのメンバーが都度友人を招いていく。行政や教会がこのような集まりを主催し、いくつかのグループが平行して開催されている場合もある」と述べています。これは、わが社サンレーが支援するグリーフケアの自助グループであるなどでも行っている試みです。

月あかりの会」のブック・コーナー

 

わたしはグリーフケアの目的には「死別の悲嘆に寄り添う」こととともに「死の不安を乗り越える」ことがあると考えており、死生観の涵養が重要であると考えています。そのために必要なのが読書にほかなりません。ケレハーは、「特定の本を選んで購入し、グループの全員が各々定められた期間内に読み進める。定期的に集まり、決めた箇所までの内容について意見交換し、その意見が異なる点や、筋の詳細について議論したり、それを元にまた考えを深めてみたりする。1冊終えたら、また別な本が選ばれ、一連の過程が繰り返される」と説明します。

死を乗り越える読書ガイド』(現代書林)

 

「コンパッション関連書」読書クラブで選ぶ書籍は、コンパッション都市の政策ビジョンすべての領域にかかわるものが適当であるといいます。つまり、死、死にゆくこと、喪失、剥奪、虐待、そして、実存的な省察と議論を伴うスピリチュアルな書籍、世界の宗教、ヒューマニズム、超心理学などを扱う書物です。そして、当然このテーマの詩、小説、そして芸術関連も含まれます。さまざまな本によって作られる「読縁」ですが、同じ本を読んで死の不安を乗り越え、確固たる死生観を得た人同士の「読縁」は、この上なく深いと言えるでしょう。

永遠の知的生活』(実業之日本社)

 

読縁とは、読者同士の縁だけではありません。
読縁には、著者と読者との縁もあります。読書は「知的生活」の基本です。そして「知的生活」といえば、渡部昇一先生です。渡部先生は「稀代の碩学」であり「知の巨人」、そして「現代の賢者」として知られます。わたしは渡部先生の著書はほとんど読んでいるつもりですが、最初に読んだ本は大ベストセラー『知的生活の方法』(講談社現代新書)でした。この本を中学一年のときに読み、非常にショックを受けました。このときから、読書を中心とした知的生活を送ることこそが理想の人生になり、生涯を通じて少しでも多くの本を読み、できればいくつかの著書を上梓したいと強く願いうようになりました。2014年7月7日、わたしはかねてより心から尊敬していた渡部先生のご自宅を訪問し、謦咳に接する機会を得ました。読み過ぎてボロボロになった『知的生活の方法』を見て、渡部先生は大変喜んで下さいました。その後、2014年8月14日、ついに渡部先生と対談する機会にも恵まれました。5時間以上におよぶ対談の内容を掲載したのが『永遠の知的生活』(実業之日本社)です。

あらゆる本が面白く読める方法

 

わたしの人生と思想に多大な影響を与えた『知的生活の方法』へのオマージュとして書いたのが『『あらゆる本が面白く読める方法』(三五館)です。その本の中でも、著者と読者との縁について言及しました。そして、読書という行為は死者と会話をすること、すなわち交霊術であるという考えを示しました。というのは、著者は生きている人間だけとは限りません。むしろ古典の著者は基本的に亡くなっています。つまり、死者です。死者が書いた本を読むという行為は、じつは死者と会話しているのと同じことです。このように、読書とはきわめてスピリチュアルな行為なのです。わたしは、三島由紀夫の小説を読むときは「盾の会」の制服を着た三島が、小林秀雄の評論を読むときは仕立ての良いスーツを着た小林秀雄が目の前にいることを想像します。古代の人でも同じです。『論語』を読むときは古代中国の礼装に身を包んだ孔子が、プラトンの哲学書を読むときはローブ姿のプラトンが、わたしの目の前に座って、わたしだけのために話してくれるシチュエーションを具体的にイメージします。そのとき、わたしは故人の霊魂と共鳴・共振しているように思えます。読書には、生者と死者との間にそれほど強い縁を結ぶ力があるのです。そのことは最新刊本の読み方(産経新聞出版)にも書きました。

本の読み方』(産経新聞出版)

 

2026年7月17日 佐久間庸和

佐久間庸和、上半期を振り返って「岩戸開き」を語る

佐久間庸和です。
16日の早朝から、松柏園ホテルの神殿で月次祭が行われました。今朝の小倉は晴れで、気温は30度でした。

ホテルの貴賓室には父の遺影が・・・

 

朝、ホテルに到着して貴賓室に入ったら、デスクの上に父である佐久間進名誉会長の遺影が置かれていました。父は、いつも見守ってくれています。わたしは遺影に向かって「これから月次祭と天道塾ですよ。今日は、上半期を振り返ります」と話しかけました。

月次祭のようす

厳粛な気分になります


低頭しました

巫女から玉串を受け取る

 

皇産霊神社の瀬津権宮司によって神事が執り行われました。サンレーを代表して、わたしが玉串奉奠を行いました。会社の発展と社員の健康・幸福、それに世界各地で行われている戦争が早く終結することを祈念しました。

玉串奉奠で拝礼する

山下常務に合わせて柏手を打つ

山下常務に合わせて拝礼する

神事の最後は一同礼!

 

この日は、わたしに続いて山下常務が玉串奉奠をしました。山下常務と一緒に参加者たちも二礼二拍手一礼しました。その拝礼は素晴らしく美しいものでした。わが社が「礼の社」であることを実感しました。儀式での拝礼のように「かたち」を合わせると「こころ」が1つになります。神事の後は、恒例の「天道塾」を開講しました。

「天道塾」開講前のようす

最初は、もちろん一同礼!

開塾の挨拶をしました

「上半期の振り返り」スタート!

 

神事後は恒例の「天道塾」です。この日も松柏園のメインバンケット「グランフローラ」で行われました。最初にわたしが登壇し、開塾の挨拶をしました。わたしは、「おはようございます! 毎日、暑いですね。くれぐれも熱中症には気をつけて下さい。今日は『今年の半期を振り返って』ということで、各地の責任者から発表していただきます。よろしくお願いします!」と述べて、降壇しました。

最初は、北陸本部の報告でした

次は、沖縄本部の報告でした

各事業部の報告を聴きました

続いて、大分事業部の報告でした

続いて、宮崎事業部の報告でした

最後の北九州本部は山下常務が報告

沖縄の康弘社長が「まとめ」をしました

続いて、「今年の上半期を振り返って」として、インターネット会議が行われました。サンレーの北陸・沖縄・大分・宮崎・北九州の順で業績や活動の報告がありました。それぞれの地の本部長や事業部長が今年の総括と来年の展望について語りました。その後、サンレー沖縄の佐久間康弘社長が「まとめ」の発表を行いました。

最後に登壇して「総括」しました

 

それから、わたしが再登壇して、総括をしました。
わたしは、「それぞれの報告を聴きましたが、好調に進んでいて安心しました。しかし、もっと高い目標をもって、下半期に臨んでいただきたい。今年11月18日には、いよいよ創立60周年を迎えます。この大きな節目までに、さまざまな問題に対処して、さらに強い企業体質を目指しましょう!」と言いました。それから、厚生労働省が全国各地の世帯を対象に所得の状況などについての「国民生活基礎調査」を行い、全体の半数以上の世帯が、生活が「苦しい」と回答したことを紹介しました。

「岩戸開き」の話をしました

 

多死社会も少子社会も5年前倒しで到来するといいます。国民の半数以上は「生活が苦しい」と感じています。明らかに大きな環境の変化を迎えています。しかし、わたしは「環境の変化、環境の変化とみんな騒ぐけれども、人間社会にとって最大の環境変化とは何だと思いますか?」と問いかけました。そして、「それは太陽がなくなることですよ」と言ってから、「そして、日本には太陽がなくなってしまう神話があります」と言いました。それから、天岩戸神話すなわち「岩戸開き」の話をしました。

 

天の岩戸神話は、太陽神である天照大御神(アマテラスオオミカミ)が洞窟に隠れ、世界が闇に包まれた絶望的な状況から、八百万の神々の知恵と協力によって再び光と希望を取り戻す、日本神話における再生と希望の物語です。アマテラスが弟・素戔嗚尊(スサノオノミコト)の乱暴な振る舞いに心を痛め、天岩戸(あまのいわと)という洞窟に隠れてしまいます。太陽の神が隠れたことで世界は真っ暗になり、作物が育たず災いが次々と起こる暗黒の時代が訪れます。

最後に登壇して「総括」しました

 

それから、わたしが再登壇して、総括をしました。
わたしは、「それぞれの報告を聴きましたが、好調に進んでいて安心しました。しかし、もっと高い目標をもって、下半期に臨んでいただきたい。今年11月18日には、いよいよ創立60周年を迎えます。この大きな節目までに、さまざまな問題に対処して、さらに強い企業体質を目指しましょう!」と言いました。

「岩戸開き」の話をしました

 

総括を終えた後、わたしは天岩戸神話すなわち「岩戸開き」の話をしました。天の岩戸神話は、太陽神である天照大御神(アマテラスオオミカミ)が洞窟に隠れ、世界が闇に包まれた絶望的な状況から、八百万の神々の知恵と協力によって再び光と希望を取り戻す、日本神話における再生と希望の物語です。アマテラスが弟・素戔嗚尊(スサノオノミコト)の乱暴な振る舞いに心を痛め、天岩戸(あまのいわと)という洞窟に隠れてしまいます。太陽の神が隠れたことで世界は真っ暗になり、作物が育たず災いが次々と起こる暗黒の時代が訪れます。

天の岩戸神話について


熱心に聴く人びと

 

 困り果てた八百万の神々が天安河原(あまのやすかわら)に集まり、どうすればアマテラスに出てきてもらえるか、皆で知恵を出し合います。天宇受売命(アメノウズメノミコト)が楽しげに踊り、神々が大きな笑い声を上げると、アマテラスは外の様子が気になり扉を少し開けました。そこへ「あなたより美しい神がいる」と鏡を差し出されたアマテラスが驚いて外へ出た瞬間、世界に再び明るい光が戻りました。

天岩戸神話に学べ!


熱心に聴く人びと

 

この天岩戸神話について、わたしは次のように解説しました。岩戸開きで行われた儀式には、日本文化のすべてが詰まっています。神々が「天安河原」に集まって話し合ったように、誰もが苦境に立たされたときには仲間や周囲の人々と相談し、知恵を出し合うことが解決への糸口になります。また、絶望の中で神々は笑い合い、楽しそうな空気を作り出しました。この「楽しさ」や「笑い」こそが、暗闇をこじ開ける大きなエネルギーとなることが描かれています。その大きなエネルギーのことを「産霊(むすび)」と呼びます。

夜明けは必ず来る!

 

さらに重要なのは「夜明けは必ず来る」ということです。太陽の光が失われた世界でも、神々の工夫によって再び朝が訪れました。どのようなつらい状況であっても、希望をもって行動すれば必ず事態は好転するという教訓が込められています。佐久間進名誉会長は、「何事も陽にとらえる」ということを訴えました。その父が創業以来、基本思想として持ち続けてきたのが「陽転思考」でした。まさに「サンレー」の社名に通じる太陽の思想ともいえる陽転思考とは、「何事も陽にとらえて、明るく、楽しく、いきいきと生きる」ということです。良い事、悪い事、どんな事が起きたとしても、ありのままに受け止めて、そこから様々な可能性を見出していく姿勢です。

何事も陽にとらえて前進しよう!


最後はもちろん一同礼!

 

佐久間名誉会長は「陽転思考」について、ただ闇雲に「やるぞー!」と意気込むことではないと述べました。起きた出来事、その結果をありのままに受け入れることが大切で、それをプラス思考で捉えることで陽転思考の本髄、本当の力が生まれ、新しい道が開かれると説きました。上半期が終わりましたが、今年はまだ半分あります。「もう半分しかない」ではなく「まだ半分もある」のです。「ぜひ、これまでの出来事や経験を陽にとらえて前進し、創立60周年のアニバーサリー・イヤーを輝ける年にしましょう!」と述べてから降壇しました。天道塾の終了後、わたしは北九州空港へ。そのまま東京に出張します。連日のハードスケジュールですが、自らの使命と志を果たさなければ、佐久間名誉会長に顔向けできません。

それでは、東京に行ってきます!

 

2026年7月16日 佐久間庸和

雪縁

 

佐久間庸和です。
わたしは一条真也として、これまで多くの言葉を世に送り出してきました。この際もう一度おさらいして、その意味を定義したいと思います。今回は「雪縁」です。


2022年12月23日午前8時16分、金沢地方気象台は「顕著な大雪に関する石川県気象情報」を発表しました。同気象台によると、金沢市では、同日午前8時までの6時間に20センチの顕著な降雪を観測しました。強い雪は23日夜遅くにかけて続く見込みだとか。平野部では大規模な交通障害が発生する恐れが高まっているとして、大雪に厳重に警戒するように呼びかけています。わたしは心配になって、 サンレー北陸の本部会議メンバーに「石川県が大雪とのこと。大丈夫ですか? 気をつけて!」とのLINEを送りました。 すると、岸克之事業部長から「おはようございます。ご心配ありがたく感謝いたしております。何とか無事に施行対応も出来ております。ありがとうございます」との返信が届き、少し安心しました。

今朝の金沢紫雲閣前のようす(青木部長より)

 

紫雲閣事業部の青木博部長からは「お疲れ様でございます。ありがとうございます。早朝より雪かきで追われております」「7時前に除雪して、8時にはこの状態です」という文面のLINEが届き、金沢紫雲閣前の写真も添付されていました。かなりの積雪ですね。


ブルドーザーの運転席より(大谷総支配人より)

 

その金沢紫雲閣の大谷賢博総支配人は、柳橋紫雲閣の近隣町内の除雪のお手伝いをしていました。彼はブルドーザーに乗って除雪していたそうで、運転席からの写真を送ってくれました。また、「近所の方からお礼のお品を頂きました。嬉しかったです」との文章ととともに「ころ柿」という干し柿の写真を送ってくれました。わたしは、「これは、コンパッションの交換だ!」とLINEしました。


除雪のお礼に頂いた干し柿(大谷総支配人より)

 

すると、大谷総支配人から「そして感動的な光景を目にしました。近所の人が協力して独り暮らしの高齢者宅を順番に除雪してました。私にも感謝してくれ初めて会った方たちと交流が持てて、素晴らしい瞬間でした。北陸には『雪縁』があることが分かりました!」とのLINEが届きました。雪縁とは素晴らしい! 人生至るところに縁あり! この世は無縁社会などではなく有縁社会なのです。大谷総支配人は現在日本に10人しかいない上級グリーフケア士ですが、日々成長が著しい逸材です。今日は彼から「雪縁」という言葉を教えていただきました。北陸のみなさん、除雪作業が大変でしょうが、どうか近隣の方々のために頑張って下さい。こういう時こそ互助会の出番です。そして、金沢市はコンパッション都市です!

 

2026年7月15日 一条真也

句縁

 

佐久間庸和です。
わたしは一条真也として、これまで多くの言葉を世に送り出してきました。この際もう一度おさらいして、その意味を定義したいと思います。今回は「句縁」です。「無縁社会」などと呼ばれ、血縁と地縁の希薄化が目立つ昨今です。人間は1人では生きていけません。「無縁社会」を超えて「有縁社会」を再生させるためには、血縁や地縁以外のさまざまな縁を見つけ、育てていく必要があります。そこで注目されるのが趣味に基づく「好縁」というもの。この中には、俳句を詠む「句縁」があります。

 

わが社は、「サンレー俳句コンクール」という俳句のコンクールを主催しています。全国から多くの応募者があり、わたしも審査員の1人です。わたしは、「グランドカルチャー」というものを提唱しています。人は老いるほど豊かになります。そして豊かな高齢者が何より豊かに持っているのが時間です。時間にはいろいろな使い方があるでしょうが、「楽しみ」の量と質において、文化に優るものはありません。さまざまな文化にふれ、創作したり、観賞して感動したりすれば、人生そのものが輝いてきます。俳句は、グランドカルチャーを代表する文化です。もともと日本には、俳句サークルとしての句会というものが各地にありました。まさに「句縁」を結ぶネットワークです。


老福論〜人は老いるほど豊かになる』(成甲書房)

 

拙著『老福論〜人は老いるほど豊かになる』(成甲書房)にも書きましたが、文化には、高齢者にふさわしい文化というものがあります。長年の経験を積んでものごとに熟達していることを「老熟」といい、長年の経験を積んで大成することを「老成」といいますが、この「老熟」や「老成」が何よりも物を言う文化を、わたしは「グランドカルチャー」と名づけました。グランドカルチャーは、生け花よりも盆栽、将棋よりも囲碁、短歌よりも俳句、歌舞伎よりも能・・・・・・と挙げていけば、そのニュアンスが伝わると思います。将棋に天才少年は出ても、囲碁の天才少年というのはあまり聞いたことがありません。短歌には男女の恋を詠んだ色っぽいものが多いが、俳句の場合は詠む人が枯れていないと秀句はつくれないといいます。もちろん、どんな文化でも老若男女が楽しめる包容力を持っていますが、特に高齢者と相性のよい文化、すなわちグランドカルチャーというものがたしかにあります。



グランドカルチャーは、高齢者の心を豊かにし、潤いを与えます。テレビアニメの「サザエさん」一家の家長である磯野波平は、カツオやワカメといった小学生の子どもがいるとはいえ、明らかにその外見は老人です。彼は家でくつろぐとき、いつも着物の上からチャンチャンコを着て一人で碁を打っています。同じくテレビアニメの「ちびまる子ちゃん」には友蔵という、まる子の祖父が出てきますが、彼は何かあると「友蔵 心の俳句」といってすぐ俳句を詠みます。といっても、そのほとんどは季語がなく、単なる川柳ですが。いずれにしても、囲碁や俳句といったグランドカルチャーがいかに波平や友蔵の心を豊かにしていることか! そして彼らの人生に潤いを与えていることか! グランドカルチャーは老いを得ること、つまり、「得る老い」を「潤い」とする力を持っているのです。



俳句は、極限の状態の中にある人間の心も自由にします。ブログ「ラーゲリより愛を込めて」で紹介したシベリア抑留をテーマにした映画で、二宮和也が演じた主人公の山本幡男はハバロフスク強制労働収容所の第21分所へ移された後の1950年、俘虜数人で集まって俳句を作り合うようになりました。後にこの集まりは句会として、作業場から見えるアムール川にちなんで「アムール句会」と名付けられました。当初は収容所内の片隅で雑談を装って催し、地面に棒で、または凍土に釘で字を刻むのみでした。やがて人数が増えるにつれて、作業用のセメント袋を切って短冊を作り、ブタの毛、ウマの尾の毛、ロープをほぐしたもので筆を作り、ストーブの灰や煤煙を水に溶かして墨汁の代用とし、といった具合に体裁が整えられました。強制収容所という極限の環境にあっても、彼らは俳句によって「心の自由」を得ていたのでしょう。まさに、彼らは「苦縁」を「句縁」に変えたわけです。


「日経電子版」より

 

そもそも、俳句ほどすごいものはありません。
徘徊老人が問題になっていますが、徘徊とは歩き回ることです。そもそも歩くという行為は、人間にとってどんな意味があるのでしょうか。スローライフへの入り口の1つに「歩く」ということがあります。歩くということは2種類あって、ひとつはA地点からB地点への移動。もうひとつは散歩です。散歩の「散」はまるで目的が散ってしまっていることを示しているかのようです。あえて言えば、歩くというただそのことに満足している状態であり、そこは何でもありの世界になります。道草、横道、脇道、寄り道、回り道、遠回り、ブラブラ・・・・・。立ち止まってもよし、引き返してもよし、迷ってもよし。これが散歩ということであり、徘徊とまったく意味が同じであることがわかります。目的なく歩きまわる徘徊とは、基本的に散歩であり、自由な精神の行為なのです。

 

 

歩く1つ1つの道が違い、同じ道でも昨日と今日とでは違う。雨と晴れでは違うし、冬と夏では違うし、ツツジとアジサイでは違う。そんな季節の移り変わりを散歩の途中で感じたとき、人の心には詩情が浮かびます。五七五という極小の形で季節を表現する詩歌は俳句と呼ばれ、俳句・連句、ひいては俳文学全体の総称を「俳諧」といいます。なんと、ともに人間の自由な精神と季節との出合いを本質とすることから、「徘徊」という一見ネガティブな行為は「俳諧」という風雅の世界に転じてしまうのです。歩き回って季節を感じる力という点において、徘徊力とは俳諧力なのです! これは、ダジャレでも言葉遊びでも何でもありません。「俳聖」と呼ばれた芭蕉は、とにかく歩いた人でした。江戸時代においては立派な老人であった46歳のときに、有名な「奥の細道」の旅に出ました。


この旅で芭蕉は、江戸から奥羽・北陸をめぐって大垣に到着、そこから伊勢に旅立とうとするまで、150日、600里をとにかく歩きに歩きまわりました。600里とは実に約2400キロメートルですが、病身な芭蕉はこの長大な距離をひたすら歩き、人跡まれな辺鄙な地方に苦しい旅をつづけたのです。この旅のあいだに自己の詩魂を深めきたえることができ、「不易流行」の論や、「さび」「しをり」「ほそみ」といった芸術観はこの旅のうちに確立したといいます。また、芭蕉はこの旅で多くの俳句を残しましたが、紀行の地の文と発句(ほっく)とが見事に詩的に構成されており、『奥の細道』は俳諧における最高傑作になっています。老いて病んだ芭蕉の風狂の徘徊力が、彼の俳諧力を最大限に引き出したのではないかと私は思います。そして、『奥の細道』のなかには、「道祖神のまねきにあひて、取(とる)もの手につかず」という一文がありますが、この芭蕉の心を落ち着かなくさせて旅へと誘い出した「道祖神のまねき」は、現代の多くの徘徊老人の心のなかでも旅への勧誘活動を続けているのではないでしょうか。


そして、徘徊は人生に「ゆとり」を生み出しています。ブラブラと散歩するときのような、移動という目的・手段の関係から解放された何でもありの空間や時間を、現代の日本人はどれだけ持っているでしょうか。効率性や生産性といった経済のものさしによって、こんなにも貴重な自由が無駄という一言で片付けられようとしているのです。散歩を取り戻すことはスローライフの第一歩でしょう。そして、それは「ゆとり」ある人生、大いなるグランドライフへの第一歩でもあります。俳句という自由な心の遊びにおいても、まったく同じことが言えるのです。何より、わたしがすごいと思っているのは、俳句をつくるのに何も道具がいらないことです。筆もいらない、紙もいらない。あるに越したことはないが、別になくても頭のなかだけでいくらでも俳句はつくれる。場所はどこであれ、俳句をつくることは理論的に可能なのです! 



そう考えてみると、俳句とは最も軽やかで自由な遊びであることがわかってきます。究極のローリスク・ハイリターンであり、これに勝てるのはもはや瞑想ぐらいでしょう。俳句に季語があるように、人生にも春夏秋冬のさまざまな想い出のステージがあります。俳句はそれらに潤いを与えてくれます。さらには、辞世の句というものが「死ぬ覚悟」さえも与えてくれる。俳句ほど、すごいものはないのです。日本人なら、辞世の句の一つも残して旅立ってゆきたいものです。わたしは、心より、そう思います。

 

2026年7月14日 佐久間庸和

碁縁

 

佐久間庸和です。
わたしは一条真也として、これまで多くの言葉を世に送り出してきました。この際もう一度おさらいして、その意味を定義します。今回は「碁縁」です。「無縁社会」などと呼ばれ、血縁と地縁の希薄化が目立つ昨今です。人間は1人では生きていけません。「無縁社会」を超えて「有縁社会」を再生させるためには、血縁や地縁以外のさまざまな縁を見つけ、育てていく必要があります。そこで注目されるのが趣味に基づく「好縁」というものです。この中には、碁を打ち合うという「碁縁」があります。御縁としての碁縁です。

サンレー杯 北九州囲碁祭り団体戦」のポスター

 

サンレー杯 北九州囲碁祭り団体戦」は、わが社が長年企画を温めていたビッグイベントです。念願かなって、ついに一昨年初めて開催されました。1チーム5名の団体戦、4回戦、ハンディ戦、各自持時間40分で行われます。参加人員は42チーム、210名(20級以上の方で19路盤で碁が打てる方)によって勝敗が競われます。昨年が28チーム、140名でしたので、大変な躍進です。しかも、参加希望チームが多過ぎて4チーム20名の方々が涙を飲んだそうです。これまで北九州の囲碁イベントはゼンリンやTOTOといった企業が冠イベントを開催してきた歴史がありますが、紆余曲折を経て、わが サンレーが囲碁大会の顔になることができ、感無量です。

大会パンフレットの表紙(左)と裏表紙(右)

大会パンフレットを開くと・・・

 

わたしは、文化の中には高齢者にふさわしい文化というものがあると考えています。永年の経験を積んでものごとに熟達していることを「老熟」といい、永年の経験を積んで大成することを「老成」といいます。私は「大いなる老いの」という意味で「グランド」と名づけています。この「老熟」や「老成」が何よりも物を言う文化を「グランドカルチャー」と名づけました。グランドカルチャーは、将棋よりも囲碁、いけばな生花よりも盆栽、短歌よりも俳句、歌舞伎よりも能・・・・・・とあげていけば、そのニュアンスが伝わるのではないでしょうか。将棋に天才少年は出ても、囲碁の天才少年というのはあまり聞いたことがありません。短歌には恋を詠んだ色っぽいものが多いが、俳句は枯れていないと秀句はつくれないといいます。もちろん、どんな文化でも老若男女が楽しめる包容力をもっていますが、特に高齢者と相性のよい文化、すなわちグランドカルチャーというものがたしかにあります。



さまざまなグランドカルチャーの中でも、囲碁を愛する高齢者は多いです。囲碁は宇宙の遊びです。囲碁ほどコスモロジカルでシンボリックなゲームはありません。将棋が人間界の戦争を模しているのなら、囲碁は宇宙の創世を再現しているのです。まず碁盤は宇宙の模型です。それはその厳然たる正方形において大地をあらわし、縦横に走る道の直線によって整然と区画された方眼状において現実と空想の大地のシンボルとなっており、さらに国家・都市・寺院・住居のモデルとなっています。しかも囲碁のシンボリズムは空間のみに限定されていません。縦横19道361路は一年の日数の経過であり、四隅は四季であるなど、碁盤は日月星辰の推移を映し出して、さながら天体そのものとしてイメージされています。すなわち、碁盤の象徴するものはほとんど「道」そのものである宇宙の周期的生命力のリズムなのです。



そして黒白の石は、言うまでもなく陰陽の気そのものです。二人の対局者自身も陰と陽の対立であり、彼らが盤上に石を置いていくことは、ただちに陰陽の二気による天地の創造、少くとも天地創造の反復であることになります。碁局を据え、碁子を取る、この瞬間に潜在していた「道」の力は動きはじめ、次いで陰石が置かれ陽石が布かれます。対局者の意識がどうであれ、これはまぎれもなく宇宙発生の反復であり、いながらにして二人の対局者が天地創造の渦動のうちに遊ぶことを意味するのです。囲碁は三千年以上も前に中国で生まれたとされていますが、以来、孟子などをはじめ中国人たちはこの宇宙遊びを愛してきました。



日本に渡来したのは735年で、阿倍仲麻呂と一緒に唐に行った吉備真備が持ち帰ったのがはじめです。『源氏物語』からもわかるように、平安時代にはすでに流行していました。最古の碁譜として残っているのは鎌倉時代の日蓮上人とその弟子との対局ですが、囲碁をはっきり専門の域まで高めたのは京都寂光寺の日海上人です。この人がすなわち初世本因坊の算砂名人で、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三武将の師でもあります。



家康はしかも算砂を軍師として尊び、天下を統一するに及んで「碁所」を創設し、碁道を奨励しました。家康はおそらく、殺伐とした戦国時代の人心を平和に統一するために、囲碁のもつ魅力に着目したのでしょうか。それとも囲碁の魔術性を利用したのでしょうか。いずれにしても、世界に冠たる好老社会である「江戸」の誕生には囲碁が関わっていたのです。

控室で、山田九段&武宮六段と

 

ブログ「サンレー杯『囲碁大会』」で紹介したように、2022年7月17日にJR小倉駅前にある西日本総合展示場で開催した「サンレー杯 北九州囲碁祭り団体戦」の会場控室で、わたしは2名のプロ棋士(山田規三生九段、武宮陽光六段)との囲碁談義に花を咲かせました。わたしは、もともと囲碁は高齢者に向いたグランドカルチャー(老福文化)であると思っているのですが、そのことをお話しすると、SUNRAYを意味する陽光という名前の武宮六段は「まさに、そうだと思います。将棋に比べて、囲碁は負けたときの敗北感が少ないと言われています。その点、将棋の方が勝負論が強いのかもしれません」と言われました。なるほど、将棋は勝敗が一目瞭然ですが、囲碁は(黒白の石を打ちながら)白黒をはっきりとつけません。ストレスの少ない、優しい競技なのです。素敵ですね!


「囲碁祭り」の会場のようす

さあ、これから開会式です!

来賓として紹介されました

登壇と同時にマスクを外しました

 

サンレー杯 北九州囲碁祭り団体戦」の会場に入ると、やはり200名以上の棋士が集結して壮観です。「熱気ムンムン」という言葉がふさわしいです。10時からの開会式では、フェイスシールドを付けて来賓として紹介されました。その後、大会実行委員会の田畑委員長の「主催者挨拶」に続いて、わたしが「来賓挨拶」を行いました。わたしは、登壇と同時にマスクを外し、「みなさん、おはようございます! 本日は、『サンレー杯 囲碁祭り団体戦』にご参加いただきまして、誠にありがとうございます。昨年に引き続き、無事開催することができ、これもひとえに、皆様のご支援の賜物と深く感謝申し上げます。囲碁は、何もないとこから石を打っていくゲームである、宇宙創造を模しているとされています。いわば、宇宙の遊びです。スケールが大きく、心ゆたかな文化です。医学的にも右脳を刺激し判断力を高め、ストレス解消や、ボケ防止などの効果があると注目されています」と述べました。

囲碁について語りました

 

また、わたしは「囲碁は、仏教の伝来と共に日本に伝わり、長きにわたり親しまれている日本の伝統文化であるとともに、長年の経験を積むことによる『老成』や『老熟』が何より物をいう文化とも言われています。私は、こういった文化を総称して『グランドカルチャー』とよび、八幡西区のサンレーグランドホールという施設を高齢者複合施設として位置づけカルチャー教室などを通して実践しています」と言いました。

人生100年時代を迎えて

 

さらに、わたしは「今、日本は人生100年時代を迎えています。重厚なグランドカルチャーの世界に触れて、これからの長い人生を豊かに過ごしていただくことが、老いるに幸福と書いて、『老福』という、充実した人生を過ごす一つの手段になると思っています。ちなみに、本日参加の最年長の方は94歳だそうです。本当に、素晴らしいことでございます。また、本大会にご参加いただいた若き皆様方におかれましても、老福、充実した人生を送られている年長者の方々から、ぜひ貴重な経験を吸収していただきたいと思います」と述べました。

「碁縁」という御縁が生まれますように!

そして、最後に「競技としては勝敗も大事ですが、老若男女の皆様方に、本日の大会を通じて囲碁仲間やご友人を作っていただき、人生をこれまで以上に豊かにしていただけましたら何よりでございます。そう、『碁縁』という御縁が生まれれば良いですね。参加者の皆様が普段の実力を大いに発揮し、健闘されることを祈念致しまして、開催のご挨拶とさせていただきます!」と挨拶しました。終わると、盛大な拍手が起こって感激しました。

うーむ、俺も囲碁やろうかな?


ルール説明を聴く朝妻さん

 

わたしが降壇すると、山田九段が登壇されました。溝上九段は、「まずは、大会の開催に大変なご尽力をいただきました株式会社サンレー様に感謝申し上げます」と言われました。続いて登壇された武宮六段からも「コロナ禍で開催の危機が叫ばれていた昨年から、株式会社サンレー様はしっかり支えて下さいました。心より感謝しております!」と言われました。わたしの胸は感激でいっぱいになりました。その後、武宮六段から「ルール説明」がありました。わたしは「囲碁って面白そうだな。俺も囲碁やろうかな?」と思いました。


対局がスタート!熱戦が繰り広げられました!

プロ棋士も参加しました

少年棋士も奮闘!

少女棋士も参戦!

 

この日の「サンレー杯 北九州囲碁祭り団体戦」は、大盛況のうちに幕を閉じました。わが社は、今後とも囲碁という素晴らしい日本の伝統文化を少しでも広められるように、また、みなさまが心豊かな生活を送ることができるよう微力ながらお手伝いを続けて参りたいと考えておりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。来年お会いできることを楽しみにしています。ご参加の皆様、プロ棋士の先生方をはじめ、関係各位の皆様に心より御礼を申し上げます。


「毎日新聞」2022年7月18日朝刊

 

2026年7月13日 佐久間庸和