佐久間庸和、グリーフケア修了式の挨拶を撮影

佐久間庸和です。8月18日、ブログ「佐久間庸和、平器産業としての冠婚葬祭業を語る」で紹介した天道塾での講話を終えた後、わたしは松柏園ホテルの貴賓室へ直行しました。そして、9月6日に行われる「上級グリーフケア士資格認定試験 研修修了式」のためのビデオレターを撮影しました。

ビデオレター撮影が開始!

ビデオレター撮影のようす

 

わたしは、グリーフケア試験制度を運営する一般財団法人 冠婚葬祭文化振興財団の理事長として、「本日はお忙しいところ上級グリーフケア士修了式にご参加いただきありがとうございます。2020年11月、北九州の地での発会式から始まった、この「グリーフケア資格認定制度」において、その上位資格である『上級グリーフケア士』の研修を修められた皆様の、これまでのたゆまぬ研鑽と、尊い志に、深く敬意を表します」と述べました。

ビデオレター撮影のようす

 

それから、以下のように挨拶しました。
「今年3月に行われました二次試験の開講式でもお話しさせていただきましたが、ここにおられる皆様は『グリーフケアの時代を拓くパイオニア』であり、行き場のない悲嘆があふれる現代社会の中で悲嘆者に寄り添い、あるがままを受け止める専門家でもあります。今後、皆様には『ケアの実践者』として悲嘆に寄り添い、そして同時に次世代のケア士を育てる『育成の専門家』として、社会の中でケアへの関心と輪を広げる大きな力となっていただき、深い悲嘆を抱える方が、日常生活の中で自然にケアされる、『心ゆたかな社会』のインフラとして、「なくてはならない存在」となっていかれますことを心より期待しております」


心を込めて伝えました

 

そして、最後に「グリーフを抱える方に寄り添う道は、決して容易なものではありません。時には皆様自身が迷いや葛藤、そして深い孤独感と向き合う場面もあるかもしれません。しかし、皆様には、ここでともに学び、同じ志を抱いて高め合った仲間がいます。決して一人で抱え込まず、互いに支え合いながら、皆様ならではの温かなケアを社会に届けてください。皆様が灯すその1つひとつの灯火が、多くの方々の傷ついた心を救い、社会を明るく照らしていくことを信じております。皆様がこれから歩まれる道において、互いにケアし、ケアされる豊かな関係が築かれますよう、そして皆様に幸多からんことをお祈り申し上げ、わたしの挨拶とさせていただきます」と述べたのでした。わずか3分ほどのメッセージでしたが、心を込めてお伝えさせていただきました。この後は、北九州空港に向かって、そこから東京に飛びます。「天下布礼」に休みはありません!

父の銅像の前で

 

*よろしければ、佐久間庸和ブログもお読み下さい!

 

2026年8月20日  佐久間庸和

佐久間庸和、平器産業としての冠婚葬祭業を語る

佐久間庸和です。朝粥会の後は、松柏園のメインバンケット「グランフローラ」で恒例の「天道塾」が行われました。美味しいお粥でお腹いっぱいになり、みなさん満ち足りた表情をしていました。でも、寝ないようにね!(笑)

開講前のようす

最初は、もちろん一同礼!

わたしが登壇しました

社長講話を行いました

 

「天道塾」は、この日も松柏園のメインバンケット「グランフローラ」で行われました。最初にわたしが登壇し、「みなさん、おはようございます!」と挨拶してから、以下の話をしました。 8月15日は81回目の「終戦の日」でした。昨年は終戦80年の大きな節目でした。本当は東京に行って靖国神社や皇居を参拝したかったのですが、佐久間名誉会長の初盆があったため断念しました。その代わりと言っては何ですが、念願であった「産経新聞」全国版への全面広告を掲載しました。大きな反響がありましたが、そのキャッチコピーが「死者を忘れて、生者の幸福なし」です。

死者を忘れて、生者の幸福なし



死者を忘れて、生者の幸福なし]という言葉はわたしの持論ですが、大きな反響がありました。政党や宗教団体の関係者も、わが社の意見広告をSNSなどで紹介していました。日本人だけで310万人もの方々が亡くなられた、あの悪夢のような戦争が終わってから、今年で81年目を迎えました。15日の朝、新聞各紙を手に取りましたが、正直、驚きました。「終戦の日」の記事が非常に少ないのです。81年が経過して日本で戦争の記憶は完全に風化してしまったのか? 民主主義とは生者のためだけでなく死者のためにもあるのでは? 現在も、世界では戦争が続いています。

巨大な物語の集合体に想う

 

先の戦争について強く思うことは、あれは「巨大な物語の集合体」であったということです。真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦、ゼロ戦、ビルマ戦線、神風特別攻撃隊、回天、硫黄島の戦い、東京大空襲、戦艦大和、ひめゆり部隊、木の上の軍隊、沖縄戦、広島原爆、長崎原爆、満州侵攻、ポツダム宣言受諾、玉音放送・・・・・・挙げていけばキリがないほど濃い物語の集積体でした。もちろん日本だけではなく、欧米やアジアをはじめ世界中の国々で無数の物語が生まれていきました。それぞれ単独でも大きな物語を形成しているのに、それらが無数に集まった巨大な物語の集合体。それが先の戦争だったと思います。

戦争とはグリーフの大量発生装置である!

熱心に聴く人びと

実際、あの戦争からどれだけ多くの小説、詩歌、演劇、映画、ドラマが派生していったでしょうか。考えただけで眩暈がしてきます。「物語」といっても、戦争はフィクションではありません。紛れもない歴史的事実です。わたしの言う「物語」とは、人間の「こころ」に影響を与えうる意味の体系のことです。人間ひとりの人生も「物語」です。そして、その集まりこそが「歴史」となります。そう、無数のヒズ・ストーリー(個人の物語)がヒストリー(歴史)を作るのです。そして、戦争とはグリーフの大量発生装置です。いわば「悲器」と呼べるでしょう。

戦争とは「悲器」である!

 

 『悲の器』という小説があります。
39歳で早逝した天才作家・高橋和巳のデビュー作です。妻が神経を病む中、家政婦と関係を持った大学の法学部教授が妻の死後知人の娘と婚約し、家政婦から婚約不履行で告訴された彼の孤立と破滅に迫る物語です。この小説では不倫を「悲の器」と表現しているわけですが、本当の「悲の器」とは戦争にほかなりません。なぜなら、戦争の本質とは「死者の大量発生装置」であり、すなわち「グリーフの大量発生装置」だからです。ちなみに、わたしは上級グリーフケア士資格の授与式でいつも「グリーフケアが普及すれば、最大の戦争抑止力になる」と挨拶しています。


冠婚葬祭施設は「平器」である!



わたしは、冠婚葬祭には平和を創り出す力があると思っています。人間国宝である十四代 今泉今右衛門先生との対談本『「かたち」の文化論』が今月いよいよ発売されます。儀礼文化が「うつわ」によって完成するとすれば、葬儀という儀礼文化が行われるセレモニーホールとは「うつわ」そのものであることに気づきます。日本初の大型セレモニーホールである小倉紫雲閣を作った佐久間進名誉会長はもともと茶人でした。名誉会長は茶器のように「礼」を完成させる器として紫雲閣を建設したのです。わが社は、「はこ」ではなく礼を完成させる「うつわ」としてのセレモニーホールを作り続けてきました。それは「礼器(らいき)」と呼べるものです。この礼器には別名があります。平器です。

結婚は最高の平和である



「平」とは「平和」であり「平等」のことです。わが社が運営するホテルや結婚式場は平器です。なぜなら、「結婚は最高の平和である」という理念が実現する場だからです。戦争が起こるとき、異なるものを破壊する大いなる力が働いています。同様に、結婚には異なるものが結び合う大きな力が働いています。「戦争」が敵対の王なら、「結婚」は親愛の王なのです。まったくの赤の他人同士であるのもかかわらず、人と人とが認め合い、愛し合い、ともに人生を歩むことを誓い合う結婚とは究極の平和であるというのがわが持論です。結婚は最高に平和な「出来事」であり、「戦争」に対して唯一の反対概念になるのです。

死は最大の平等である



 また、セレモニーホール(コミュ二ティホール)も平器です。「死は最大の平等である」の理念が実現する場だからです。箴言で知られたラ・ロシュフーコーが「太陽と死は直視することができない」と語りましたが、太陽と死には「不可視性」という共通点があります。わたしは、それに加えて「平等性」という共通点があると思っています。わが社の社名は「サンレー」ですが、万人に対して平等に冠婚葬祭を提供させていただきたいという願いを込めて、「太陽光線(SUNRAY)」の意味を持っています。「死」も平等です。「生」は平等ではありませんが、「死」だけは万人に平等に訪れるのです。

茶室から紫雲閣へ!

 

平器の原型として、茶室があります。わたしは、「茶室」を究極の平和と平等の空間として位置づけています。かつては武士であっても刀を預けなければ入室できず、天下人であっても身分を離れ、小さな出入口である「躙口(にじりぐち)」から頭を下げて入ることで、すべての人間が平等になれます。身分や貧富の差に関係なく、誰もが同じ歩幅で飛び石を踏み、同じ目線で語り合うのです。茶道の根底にある「和」の精神により、互いを思いやり、調和を保つ平和な空気が醸成されます。この茶室の平和性・平等性を受け継いだのが紫雲閣です。

冠婚葬祭業は平器産業である! 

 

もうすぐ100店となるわが社のセレモニーホールは、故人や遺族の想いを受け止め、儀礼を成り立たせるための「礼器としての役割を担うものです。そして、平和と平等を実現する「平器」です。前にこの講話の中で『「人文知」は武器になる』という本を紹介しました。同書では、人文知の結晶としての儀式の重要性を説いていました。しかし、平和と平等の「うつわ」である儀式に「武器」という言葉を使うのは矛盾ではないでしょうか。それは「平器」と呼ばれるべきです。今月の総合朝礼で、わたしは「この世には戦が絶えぬものならば われらつくらん 平和のうつは」という道歌を詠みましたが、冠婚葬祭業は平器産業なのです! 

呪いの時代に、祝いの光を!



平器産業としての冠婚葬祭業は、世の中を明るくします。わたしは、「呪いの時代に、祝いの光を!」ということを訴えています。「人の不幸は蜜の味」という言葉がありますが、現在、SNSを中心に他人を誹謗中傷したり、その存在を否定するようなメッセージが広まっています。それはネガティブな言葉による「呪い」にほかなりません。SNS全盛の現代は、「呪いの時代」という側面があります。「呪い」の反対は「祝い」です。サーブとしての「祝い」には、ものすごい力があります。ネガティブな「呪い」を解く最高の方法とは、冠婚葬祭に代表される「祝い」を行うことなのです。わたしは「祝う」という営み、特に他人の慶事を祝う心と行為が人類にとって非常に重要なものであると考えています。よく「ありがとう」は最強の言霊だなどと言われますが、「おめでとう」はそれ以上のパワーを秘めているように思えます。なぜなら、「ありがとう」はレシーブですが、「おめでとう」とはサーブだからです。

「おめでとう」はサーブ、「ありがとう」はレシーブ

熱心に聴く人びと

いま、世界も日本も、「呪い」の応酬がすさまじい状況になっています。アメリカとイラン、ロシアとウクライナ、与党と野党・・・それぞれが相手を完全破壊すべく、「呪い」を仕掛け合っています。ネット社会での個人の誹謗中傷、学校でのいじめ、会社でのハラスメントも立派な「呪い」です。「呪い」を「祝い」によって解くことは、暗闇を太陽の光が照らすようなものではないでしょうか。結婚披露宴をはじめ、長寿祝い、厄除け祝い、還暦祝いなどが開かれ、多くの人々が参加することが「祝い」の光を発します。これからも、「おめでとう」と「ありがとう」の声、心のサーブと心のレシーブが行き交う社会の実現をめざしたいものです。分断や対立が続く時代だからこそ、祝いの文化を絶やしてはなりません。

晴れの日には晴れ着で!



「おめでとう」と「ありがとう」が自然に交わされる社会には、人を思いやり、感謝する心が育まれます。祝いの光を広げることこそ、心ゆたかな社会への第一歩なのです。そのような考えのもとに、わが社が展開しているのが、児童養護施設への晴れ着の無償レンタルです。現在、グループの各地の冠婚部門では、「晴れの日には晴れ着で」を施策の最優先としています。「すべての人が輝くことのできる儀式を提供したい」という思いから、児童養護施設に入所・出身する子どもたちへ七五三や成人式の晴れ着を無償提供し、記念写真の撮影を行うプロジェクトを2019年より実施しています。わたしはこれを、他者の痛みに寄り添い、悲しみをケアする「コンパッション(思いやり)」の具体的な実践と位置づけています。

サンレーはすべての人に儀式を!

 

 七五三は不安定な存在である子どもが次第に社会の一員として受け容れられていくための大切な通過儀礼です。成人式はさらに「あなたは社会人になった」というメッセージを伝える場であり、新成人はここまで育ててくれた親や地域社会の人々へ感謝をする場です。長寿祝いも含めて、すべての通過儀礼は「あなたが生まれたことは正しい」「あなたの成長をこの世界は祝福している」という存在肯定のセレモニーです。万物に光を降り注ぐ太陽のように、 サンレーはすべての人に儀式を提供したいという志を抱いています。

最後は、もちろん一同礼!

 

晴れに日にはすべての人が晴れ着姿で主役になり、「おめでとう」と「ありがとう」の声が行き交う社会、それが「ハートフル・ソサエティ」です! 最後に「闇の時代に光を与えることほど、価値のある仕事はありません。これからも力を合わせて、この道を進んでいきましょう!」と言ってから降壇しました。これから北九州空港へ向かい、そこから東京へ飛びます!

父の銅像の前で

 

2026年8月19日 佐久間庸和

佐久間庸和、秋季例大祭と朝粥会に参加

佐久間庸和です。8月18日、早朝から松柏園ホテルの顕斎殿で秋季例大祭を行いました。わが社は「礼の社」を目指しているので、祭礼や儀式を何よりも重んじます。

ホテルの貴賓室には父の遺影が・・・

 

朝、ホテルに到着して貴賓室に入ったら、デスクの上に父である佐久間進名誉会長の遺影が置かれていました。父は、いつも見守ってくれています。わたしは遺影に向かって「お盆が終わって、天寿国に戻られましたか? 今日は、これから秋季例大祭と朝粥会と天道塾ですよ」と話しかけました。

最初は、もちろん一同拝礼!

秋季例大祭のようす

 

わが社の守護神である皇産霊大神を奉祀する皇産霊神社の瀬津隆彦権宮司が神事を執り行って下さいました。わたしが参列者を代表して玉串奉奠しました。会社の発展と社員の健康・幸福、それに令和8年熊本地震や千葉豪雨での犠牲者の方々のご冥福と被災者の方々の日常が早く戻ること、さらには世界各地で行われている戦争の早期終結を祈念。

厳粛な気分になりました

玉串を拝受しました

柏手を打ちました


拝礼しました

山下常務に合わせて柏手を打つ

山下常務に合わせて拝礼

最後は、もちろん一同礼!

 

それから、朝粥会が開かれました。新型コロナウイルスの感染状況が悪化したためにずっと中止されていましたが、2023年から復活しました。復活直後はソーシャルディスタンスに配慮し、松柏園ホテルの大宴会場を使い、1テーブルに1人しか座らないというように感染対策を取りました。昨年からは、以前のスタイルに完全に戻しました。

朝粥会の開始前。みんな、ワクワク!

朝粥会で挨拶しました

暑さも落ち着いてきましたね

たくさん、お代わりして下さい!

 

朝粥会の冒頭、わたしが挨拶しました。わたしは「おはようございます!」と言ってから、まずは「暑さも少しは落ち着いてきましたね。このお盆休みは長い期間休んだ人も多かったようですが、リフレッシュできたことと思います」と述べました。それから、みんなで同じものを食べて「こころ」を1つにするという「共食信仰」のことなどを話しました。最後に、わたしは「お粥なら、たくさんあります。ぜひ、お代わりをして下さい!」と言いました。

乾杯の挨拶をする瀬津権宮司

柏手を打ちました

神酒を拝戴する

松柏園の朝粥

いただきます!

朝粥会のようす

朝粥会のようす

ごちそうさまでした!


続いて、皇産霊神社の瀬津禰宜の発声による神酒拝戴が行われ、朝粥会が開始されました。社長のわたしが言うのも何ですが、松柏園のお粥は非常においしいです。塩鮭、梅干し、玉子焼き、ホウレン草のおひたしなどをおかずに、みんな黙々とお粥をすすっていました。今日は、サンレーグループの各事業部でも、感染対策に万全の配慮をした上で朝粥会が同時開催されました。まさに「共食信仰」という言葉のように、社員のみなさんと一緒に同じものを食べると、「こころ」が1つになるような気がします。

北陸の朝粥会

大分の朝粥会

宮崎の朝粥会

沖縄の朝粥会

 

2026年8月18日 佐久間庸和

「ハート・ロッカー」

佐久間庸和です。
2008年のアメリカ映画「ハート・ロッカー」を紹介します。2010年3月17日の東京出張の夜、六本木ヒルズのレイトショーで鑑賞しました。第82回アカデミー賞では、作品賞や監督賞をはじめ6部門を獲得した作品です。対抗馬だったジェームズ・キャメロン監督のSF超大作「アバター」は3部門にとどまりました。「ハート・ロッカー」のキャスリン・ビグロー監督は、ジェームズ・キャメロン監督の元妻です。彼女は、元夫に圧勝したわけですね。



ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「イラクに駐留するアメリカ軍の中でも、最大の危険を伴う爆発物処理班の兵士を描き、2009年の賞レースを席巻した戦争アクション。命知らずの兵士と仲間との確執と友情を軸に、緊張感あふれる爆発物処理の現場をリアルに映し出す。監督は『ハートブルー』『K-19』のキャスリン・ビグロー。レイフ・ファインズやガイ・ピアースらが脇を固める中、『28週後・・・』のジェレミー・レナーが任務に命を懸ける主人公を熱演。迫力ある戦場の描写と、兵士の勇気の裏にひそむ心理の繊細な描写に驚がくさせられる」

 
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「2004年夏、イラク・バグダッド郊外。アメリカ軍爆発物処理班・ブラボー中隊のリーダーに、ウィリアム・ジェームズ二等軍曹(ジェレミー・レナー)が就任する。まるで死への恐怖などないかのように遂行されるジェームズの爆発物処理の様子に、仲間のサンボーン軍曹(アンソニー・マッキー)らは不安を抱くようになり・・・・・・」

 

「ハート・ロッカー」は2004年夏のイラクを舞台にした米陸軍の壮絶な物語です。爆発物処理の仕事に従事するジェームズ二等軍曹が主人公です。この爆発物処理という仕事、とにかく危険きわまりないのです。戦地の他の軍人に比べ、死亡率は5倍も高いそうです。まさに、世界一危ない仕事といっても過言ではありません。それでも、ジェームズはこの仕事をやめられません。1つの部隊での任務を終えると、また次の部隊に志願して、同じ危険な仕事を繰り返すのです。まるで戦争中毒者のように。



2003年12月、米戦略研究所はジェフリー・レコード教授の論文を発表しました。それによれば、ブッシュ政権の戦略がアメリカを「終わりのない戦い」の中に置いたと糾弾したそうです。レコード教授は、アメリカの対テロ戦には、いつか限界が訪れると指摘しています。当時、オバマ大統領は財政上の裏付けのないイラク侵攻の幕を引き、アフガニスタンからも撤退しようとしていました。でも、戦争立国であるアメリカの戦いは決して終わりません。この焦燥感をテーマとした本作「ハート・ロッカー」は、テロ撲滅のために始められたイラク侵攻が、むしろテロ撲滅の邪魔になっていることを見事に暴き出しています。アメリカは敵がいないと存続できない国家なのでしょうか? 



ちなみに、「ハート・ロッカー」とは「行きたくない場所」、あるいは「棺桶」を意味するそうです。全篇、息が詰まるような緊張感の連続で、死体もたくさん登場する殺伐とした映画ですが、唯一、心を打たれた場面がありました。人間爆弾にされた殺されたイラク人の少年の亡骸を前に、クールなジェームズも動揺し、少年の遺体に白い布をかけてやった場面です。わたしは、かのマザー・テレサがインドで野垂れ死にしそうな人々を「死を待つ人の家」に引き取って、彼らが亡くなった後は白い布をかけてあげたことを思い起こしました。マザーはキリスト教のシスターでしたが、亡くなった人がヒンドゥー教徒やイスラム教徒であった場合は、彼らの宗教における祈りの言葉で弔ってあげたそうです。まさに、死者を弔うことは宗教の枠などを超えた普遍的な「人の道」なのですね。



この映画は、観る者に戦争について深く考えさせます。わたしは常々、「戦争」の反対語とは「結婚」であると主張し、「結婚は最高の平和である」と語っていますが、主人公のジェームズは最高の平和に満足できませんでした。彼には、かわいい妻と生後間もない息子がいます。イラクでの任務を終えて家族のもとに戻ったジェームズは、スーパーマーケットに買い物に行き、妻から「シリアルを買って」と言われます。数え切れないほどの種類のシリアルの棚を前に、ジェームズは呆然とします。戦地では極限の集中力を使って、爆発物の場所をさぐり、無数の配線の中からどのコードを切断すればいいのかを選択しました。コードの選択を誤れば、確実に死にます。それに比べ、朝食で食べるシリアル選びの何と無意味なことか。日常生活の何と退屈なことか。



この映画の冒頭には、「戦争は麻薬である」という言葉が出てきます。彼もその麻薬に取り付かれ、非日常の極限状態を体験しなくては「生」を実感できない体になってしまったのです。最高の平和である「結婚」や「家族」も、「戦争」の刺激には勝てないのでしょうか。夫婦の愛は、爆発物処理の緊張感の前には無力なのでしょうか。



夫婦といえば、アカデミー賞を競い合った元夫婦の監督による「ハート・ロッカー」も「アバター」も、アメリカの軍事戦略に対する痛烈な批判となっています。たとえ離婚したとしても、元夫婦の志、ともに良しです。別れても、ともに「戦争」を糾弾し、「平和」を訴えるカップルというのは素晴らしいですよね。この元夫婦こそは、ある意味で「最高の平和」の産物かもしれません。



最後に、わたしの座席のすぐ近くに超大物作詞家がいらっしゃったのですが、映画が終わった後、連れの女性に「やっぱ、アメリカ人って戦争キ○ガイだよね」と発言されていたのが印象的でした。昼間は20度を超える暑さだった東京も、夜間は冷えてきました。前回、同じヒルズで求めたマッキントッシュのスプリング・コートが大活躍でした。


出張の夜にはレイト・ショーを

 

2026年8月17日 佐久間庸和

『論語力』(于丹)

 

論語力

 

佐久間庸和です。
『論語力』于丹著、孔健監訳(講談社)を紹介します。本書を初めて紹介した2010年9月29日のブログに、わたしは「昨夜、PHP研究所の編集者の中村悠志さんから連絡がありました。企画が進行していた『論語』の入門書の刊行が決定したとのこと。タイトルはまだ未定ですが、『世界一やさしい論語入門』といった感じになりそうです。もっとも書きたかったテーマなので、本当に嬉しいです。今年の著作活動は、もうこの本の執筆に専念したいと思っています。これまで読んできた膨大な『論語』関連書も読み返すつもりです」と書いています。その後、わたしが執筆していた本は世界一わかりやすい「論語」の授業のタイトルで、2011年12月19日にPHP文庫から刊行されました。

世界一わかりやすい「論語」の授業』(PHP文庫)

 

当時のわたしは北陸大学の客員教授をしていましたが、そこで「孔子研究」という講義を担当しました。学生の中には、200を超える中国からの留学生がいました。中国の人に対して、日本人であるわたしが孔子や儒教について語るのは実に不思議な気もしますが、国費留学生を含む彼らは、とても真剣に話を聞き、黒板の文字を一字残らずノートに写しています。日本人における中国のイメージは、良くありませんでした。2010年当時、食品の安全性の問題やチベット弾圧の問題などなど・・・日本人の中国への不信感は募るばかりでした。そして一連の尖閣諸島の問題において、現代の中国に対する日本人の感情は最悪となりました。ブログ「孔子との対話」にも、そのことを書きました。



たしかに、現代の中国ほど「礼」や「信」を欠いた国はないと、わたしも思います。しかし、もともと「礼」や「信」といった思想は中国で生まれたのです。「仁」や「義」もそうです。「智」や「忠」や「孝」や「悌」もそうです。それらの思想を集大成した人物こそが孔子であり、その言行録が『論語』です。当時、中国では孔子が再評価され、大変な『論語』ブームが起きました。また、中国共産党は日本各地に「孔子学院」を作っていきました。



『論語』ブームの火付け役は、北京師範大学の于丹(ユータン)教授でした。彼女が中国CCTVの人気番組で『論語』についての講話を行ったところ、大ヒットしました。当時は中国の全人口の約半分が視聴しているといわれ、その数は、なんと7億人です! そのときの講話を本にまとめたのが本書です。海賊版も含めて、これまでに1000万部以上が売れたそうです。中国の最高指導者である胡錦濤国家主席もいたく感動したそうで、多くの中国の人々が『論語』を愛読するようになったといいます。北京オリンピックの開会式でも、その雰囲気は伝わってきました。これまで孔子のメッセージに背を向けていた中国の人々が、本当に本書を愛読したとしたら、中国は必ず良くなると信じます。


これまでにない『論語』の本を書きたい!

 

本書はとてもわかりやすく、日本人にとっても最高の『論語』入門だといえるでしょう。わたしは、『論語』によって多くの大切なことを学び、人生の難所を切り抜けてきました。孔子こそは「人類の教師」の一人であり、その言葉はすべての人類にとっての大きな財産であると確信します。中国の留学生たちに「礼」や「信」を説くことは、大恩人である孔子への恩返しだと思っています。わたしは、ブログに「これまでになく読みやすくて、面白くて、ためになる『論語』の本を書きたいです。その本を日中両国の若者が読んでくれて、両国の友好につながることを願っています」と書いたのでした。

 

論語力

論語力

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2026年8月16日 佐久間庸和

佐久間庸和、「終戦の日」に祈る

佐久間庸和です。
8月15日、今年も「終戦の日」が来ました。
昨年は終戦80年の大きな節目でした。本当は東京に行って靖国神社や皇居を参拝したかったのですが、父の初盆があったため断念しました。その代わりと言っては何ですが、念願であった「産経新聞」全国版への全面広告を掲載しました。

2025年8月15日付「産経新聞」(全国版)


沖縄「ひめゆりの塔」で(2025年6月23日)


広島「原爆ドーム」に祈る(2025年8月6日)


長崎「平和祈念像」に祈る(2025年8月9日)

 

日本人だけで310万人もの方々が亡くなられた、あの悪夢のような戦争が終わってから、昨年で80年目を迎えました。いくら新型コロナウイルスの感染拡大の被害が大きかったと騒いでみても、戦争のほうがずっと悲惨です。現在も、世界では戦争が続いています。今朝起きて朝刊各紙を手に取りましたが、正直、驚きました。「終戦の日」の記事が非常に少ないのです。終戦から81年となる今、日本で戦争の記憶は完全に風化してしまったのか? 民主主義とは生者のためだけでなく死者のためにもあるのではないのか?  


70年目の「終戦の日」に靖国神社を参拝

 

わたしたちが現在平和に生きていられるのは先の戦争で尊い命を散らされた英霊のおかげであるのに、死者を忘れていいのか? そのことを最も理解しているのが自民党ではなかったのか? そんなことを考えると、わたしは本当に情けなくなりました。「日本もいよいよ終わったか」とさえ思いました。ブログ「終戦70年の日」で紹介したように、70年目の大きな節目となった2015年の8月15日は靖国神社を参拝しましたが、今年の8月15日は九州は小倉の地で黙祷いたします。終戦60年の2005年8月、わたしは、以下のような歌を詠みました。

 

ひめゆりよ知覧 
 ヒロシマナガサキよ 
     手と手あはせて
   祈る八月    庸軒

 

先の戦争について強く思うことは、あれは「巨大な物語の集合体」であったということです。真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦、ゼロ戦、ビルマ戦線、神風特別攻撃隊、回天、硫黄島の戦い、東京大空襲、戦艦大和、ひめゆり部隊、木の上の軍隊、沖縄戦、広島原爆、長崎原爆、満州侵攻、ポツダム宣言受諾、玉音放送・・・・・・挙げていけばキリがないほど濃い物語の集積体でした。もちろん日本だけではなく、欧米やアジアをはじめ世界中の国々で無数の物語が生まれていきました。それぞれ単独でも大きな物語を形成しているのに、それらが無数に集まった巨大な物語の集合体。それが先の戦争だったと思います。

 


ヤフーニュースより

 

実際、あの戦争からどれだけ多くの小説、詩歌、演劇、映画、ドラマが派生していったでしょうか・・・・・。「物語」といっても、戦争はフィクションではありません。紛れもない歴史的事実です。わたしの言う「物語」とは、人間の「こころ」に影響を与えうる意味の体系のことです。人間ひとりの人生も「物語」です。そして、その集まりこそが「歴史」となります。そう、無数のヒズ・ストーリー(個人の物語)がヒストリー(歴史)を作るのです。

 

戦争というものは、ひときわ歴史の密度を濃くします。ただでさえ濃い物語が無数に集まった集積体となるのです。「巨大な物語の集積体」といえば、神話が思い浮かびます。そう、『古事記』にしろ『ギリシャ神話』にしろ、さまざまなエピソードが数珠つながりに連続していく物語の集合体でした。いま、今日が「終戦の日」であることも知らない若者が増えているそうです。彼らにとって戦争など遠い過去の出来事なのでしょう。それこそ、太古の神話の世界の話なのかもしれませんね。神話といえば、世界中の神話や伝説で「月は死後の世界」と語られています。4年前、当ブログの読者の方から「コロナ禍で墓参りができない今こそ、世界中どこからでも先祖供養ができるムーン・ハートピア・プロジェクトを見直すべき」とのご意見を頂戴しました。たしかに、月面聖塔は現代にふさわしい供養の在り方かもしれません。

 

わたしの好きな歌の1つに「戦争を知らない子供たち」があります。この歌は単純な反戦ソングなどでなく、もっと深い意味があるように思えます。「神話からの解放」そして「新たな神話の創造」を宣言する歌のように思えるのです。戦争という愚行を忘れるのはいい。でも、先人の死を忘れてはなりません。死者を忘れて生者の幸福など絶対にありえないからです。そんなことを考えながら「戦争を知らない子供たち」を聴くと、また違ったメッセージを感じることができます。平和の歌を口ずさみながら、自分なりに戦没者の方々に心からの祈りを捧げたいと思います。

死者とともに生きる』(産経新聞出版)

 

上皇陛下は6月23日の「沖縄慰霊の日」、8月6日の「広島原爆の日」、8月9日の「長崎原爆の日」、8月15日の「終戦の日」を日本人として決して忘れてはならない日と述べておられます。ブログ「ひめゆりの塔」ブログ「沖縄平和祈念公園」ブログ「沖縄全戦没者追悼式前夜祭」ブログ「広島で祈る」ブログ「長崎で祈る」で紹介したように、わたしは沖縄・広島・長崎を訪れ、祈りを捧げることができました。「終戦の日」だけは父の初盆があったため、残念ながら東京に行けませんでした。それらの日についての想いは昨年8月15日に上梓した拙著死者とともに生きる(産経新聞出版)に詳しく書きました。最後に、先の戦争で亡くなられたすべての方々と、今日が命日である妻の義兄の御霊が安からんことをを心よりお祈りいたします。

 

2026年8月15日 佐久間庸和

佐久間庸和、実家で盆法要する

佐久間庸和です。

13日は盆の入りですが、この日の午前9時から実家で盆法要が行われました。ブログ「父の初盆法要」で紹介したように、昨年は父の初盆だったので盛大に行いました。

実家の玄関前で


仏壇の前で合掌


盆飾りのようす


父の遺影も笑っています

この日、家族が実家に集まり、黄檗宗広寿山福聚寺のご住職をお迎えし、仏間で盆法要を行っていただきました。法要で遺族が顔を合わせるたび血縁が可視化され、グリーフケアが発動されます。法要とは、喪失の痛みを分かち合いながら血縁を確認し合う時間であり、故人とのつながりを日常に取り戻す営みでもあります。「盆と正月」という言葉が今でも残っているくらい、「お盆」は過去の日本人にとっての楽しい行事でした。年に一度だけ、亡くなった先祖たちの霊が子孫の家に戻ってくると考えたからです。日本人は、古来、先祖の霊によって守られることによって初めて幸福な生活を送ることができると考えていました。その先祖に対する感謝の気持ちが供養という形で表わされたものが「お盆」です。日本人の民衆的儀礼としての「民禮」であります。

読経のようす

母と弟の間で・・・・・・


年に一度帰ってくるという先祖を迎えるために迎え火を燃やし、各家庭にある仏壇でおもてなしをしてから、再び送り火によってあの世に帰っていただこうという風習は、現在でも盛んです。同じことは春秋の彼岸についても言えますが、この場合、先祖の霊が戻ってくるというよりも、先祖の霊が眠っていると信じられている墓地に出かけて行き、供花・供物・読経・焼香などによって供養します。

読経するご住職

焼香しました

合掌しました

父の思い出が蘇りました

 

それでは、なぜこのような形で先祖を供養するかというと、もともと二つの相反する感情からはじまったと思われます。1つは死者の霊魂に対する恐怖であり、もう一つは死者に対する追慕です。やがて2つの感情が一つにまとまっていきます。死者の霊魂は、死後一定の期間が経過すると、この世におけるケガレが浄化され、「カミ」や「ホトケ」となって子孫を守ってくれる祖霊になるのです。


読経後の法話のようす

法話後、笑顔で談笑しました

談笑のようす


大いに盛り上がりました!

 

日本人の歴史の中で、神道の「先祖祭り」が仏教の「お盆」へと継承されました。そこで、生きている自分たちを守ってくれる先祖を供養することは、感謝や報恩の表現と理解されてくるわけです。しかし、個々の死者に対する葬式や法事の場合は、死霊に対する感謝や報恩といった意味よりも、追善・回向・供養といった意味のほうがはるかに強いと思います。すなわち、死者のあの世での幸福を願う追善と、子孫である自分たちを守ってくれていることに対する感謝とにまとめられるのです。

なぜ、一流の人はご先祖さまを大切にするのか?

 

どんな人間にも必ず先祖はいます。しかも、その数は無数といってもよいでしょう。これら無数の先祖たちの血が、たとえそれがどんなに薄くなっていようとも、必ず子孫の一人である自分の血液の中に流れているのです。「おかげさま」という言葉で示される日本人の感謝の感情の中には、自分という人間を自分であらしめてくれた直接的かつ間接的な原因のすべてが含まれています。そして、その中でも特に強く意識しているのが、自分という人間がこの世に生まれる原因となった「ご先祖さま」なのです。

ご先祖さまとのつきあい方』(双葉新書)

盆の法要を終えて安心しました

 

しかし、大切なご先祖さまがせっかく往いて再生した浄土から、日本人はどうして厭離すべきこの穢土へ先祖の霊たちを迎え、また送り出さなければならないのでしょうか。これはどう考えても、日本人がやっていることと仏教の教えとの間に矛盾があると言わなければなりません。たとえ宗教的に説明がしにくくても、日本人の「こころ」がお盆を必要としていることに変わりはありません。

仏と冠婚葬祭』(現代書林)

福聚寺のご住職をお見送りしました

 

日本人の葬儀のほとんどは仏式葬儀です。よく「葬式仏教」とか「先祖供養仏教」とか言われますが、これまでずっと日本仏教は日本人、それも一般庶民の宗教的欲求を満たしてきたことを忘れてはなりません。その宗教的欲求とは、自身の「死後の安心」であり、先祖をはじめとした「死者の供養」に尽きるでしょう。わたしは「葬式仏教」とはグリーフケアの文化装置であったと考えています。そのことを唯葬論(三五館、サンガ文庫)や葬式不滅(オリーブの木)や供養には意味がある(産経新聞出版)、仏と冠婚葬祭(現代書林)などで述べました。

供養には意味がある』(産経新聞出版)

迎え提灯の前で

2011年の夏、東日本大震災の被災地が初盆を迎えました。地震や津波の犠牲者の「初盆」でしたが、生き残った被災者の心のケアという側面から見ても非常に重要でした。多くの被災者がこの初盆を心待ちにしていたのです。通夜、告別式、初七日、四十九日・・・・・・と続く、日本仏教における一連の死者儀礼の流れにおいて、初盆は1つのクライマックスでもあります。日本における最大のグリーフケア・システムと言ってもよいかもしれません。

死者とともに生きる


初盆では、新刊を父の霊前に捧げました

 

そして、次の大事なことを忘れてはなりません。基本的に葬儀がなければ、初盆はないということです。葬儀があって、初七日や四十九日があって、初盆が来るのです。小学校に入学しなければ運動会や修学旅行を経験できないように、葬儀をきちんと行わなければお盆というのは来ないのです。もちろん、それは立派な葬儀である必要はありません。セレモニーホールや祭壇もあるに越したことはありませんが、なくても別に構いません。大切なのは、死者を悼み、送るという「こころ」であり、葬儀という「かたち」です。日本仏教の本質は「グリーフケア宗教」なのです。お盆の時期は、ぜひご先祖さまをお迎えして、こころ豊かな時間を過ごしていただきたいと思います。


「毎日新聞」2025年8月13日朝刊

 

2026年8月14日  佐久間庸和