佐久間庸和、鶴太郎さんからの贈り物に感激

佐久間庸和です。
16日の朝、ブログ「佐久間庸和、『先祖の話』を語る」で紹介したように、松柏園ホテルの神殿で月次祭を行った後、恒例の天道塾を開きました。そこで1時間の社長講話をした後、サンレー社長室に戻ったら、荷物が届いていました。

届いたカレンダー(表)と直筆絵葉書(表)

 

荷物は、片岡鶴太郎画伯のカレンダーでした。ご自分で描かれた魚の絵葉書が添えられており、葉書の裏面は丁重な内容の直筆のお便りでした。ちょうど社長講話の最後に鶴太郎さんのお話をした直後だったので驚きました。ブログ「佐久間庸和、片岡鶴太郎さんに会う」にも書いたように、10月10日の初面談は2つのトークショーの間を縫った短い時間でしたが、鶴太郎さんとは大いに意気投合しました。

届いたカレンダー(裏)と直筆絵葉書(裏)

 

正直、最初は「すごい目力だし、ヨガもされているし、もしかして気難しい方なのかな?」と心配していましたが、とても人間味があってフレンドリーでした。マルチ芸術家としてのオーラは尋常ではありませんでしたが、その腰の低さにも感服しました。元プロレスラーで格闘技プロデューサーの前田日明さんもそうでしたが、本物ほど礼儀正しいというのは法則ですね。ブログ「前田日明さんからの贈り物」でも紹介したように、前田さんも直筆のお手紙とともに素敵なオリジナル・バッグを送ってきて下さいました。

これからも、よろしくお願いします!

 

鶴太郎画伯のオリジナル・カレンダー、すごく嬉しいです。自宅の書斎かリビングに飾らせていただきます。鶴太郎さんは2015年3月、書の芥川賞と言われる「第十回手島右卿賞」を受賞されていますので、直筆のお便りも貴重です。もちろん達筆ですが、気取らず気持ちが受け手に届くような温かい字でした。鶴太郎さんには、11月7日の「サンクスフェスタin小倉紫雲閣」でもトークショーをお願いしていますが、今から再会が楽しみです。鶴太郎さん、このたびは素晴らしい贈り物をいただき、本当にありがとうございました。これからも、よろしくお願いいたします!

 

2026年10月17日 佐久間庸和拝

佐久間庸和、「先祖の話」を語る

佐久間庸和です。
15日の午後、東京から北九州に戻りました。16日の早朝から、松柏園ホテルの神殿で月次祭が行われました。今朝の小倉は曇りで、気温は16度でした。寒かったです!

ホテルの貴賓室には父の遺影が・・・

 

朝、ホテルに到着して貴賓室に入ったら、デスクの上に父である佐久間進名誉会長の遺影が置かれていました。わたしは遺影に向かって「お元気ですか? これから月次祭と天道塾ですよ」と話しかけました。

神事の始めは一同拝礼

月次祭のようす

厳粛な気分になります

低頭しました

皇産霊神社の瀬津権宮司によって神事が執り行われました。サンレーを代表して、わたしが玉串奉奠を行いました。会社の発展と社員の健康・幸福、それに世界各地で行われている戦争が早く終結することを祈念しました。

巫女から玉串を受け取りました

山下常務に合わせて柏手を打つ

山下常務に合わせて拝礼する

神事の最後は一同拝礼!

 

この日は、わたしに続いて山下常務が玉串を奉奠しました。山下常務と一緒に参加者たちも二礼二拍手一礼しました。その拝礼は素晴らしく美しいものでした。わが社が「礼の社」であることを実感しました。儀式での拝礼のように「かたち」を合わせると「こころ」が1つになります。神事の後は、恒例の「天道塾」を開講しました。

入場のようす

最初は、もちろん一同礼!

開塾の挨拶をしました

父の三回忌を報告

神事後は恒例の「天道塾」です。いつものように松柏園のメインバンケット「グランフローラ」で行われました。最初にわたしが登壇し、開塾の挨拶をしました。「みなさん、おはようございます! 冒頭、ブログ「父の三回忌」で紹介したわが家の年季法要、ブログ「リメンバー・フェス」で紹介したイベント、さらにはブログ「月への送魂」で紹介した新時代のセレモニーについて話しました。

初孫の誕生を報告

 

それから、初孫の誕生を報告しました。父の三回忌を終えた直後に初孫を授かり、「いのち」の繋がりを実感したことを話しました。日本民俗学の父である柳田國男はブログ『先祖の話』で紹介した名著を著しました。同書は、昭和20年(1945年)春、敗戦の色が濃く連日の空襲警報が鳴り響く中で、戦死した多くの若者たちの魂の行方を案じて書かれました。柳田は、輪廻転生の思想が入ってくる以前の日本にも、死者が子どもの中に生まれ変わって戻ってくる(先祖が子の中に宿る)という独自の思想があったと説いています。

柳田國男『先祖の話』について

熱心に聴く人びと

現在の日本で行われている葬式は、ほとんどが仏式葬儀です。でも、「仏式」という言葉から100%の仏教儀礼かというと、そうではありません。清めの塩のルーツは神道であり、位牌のルーツは儒教です。このように、仏式葬儀の中には、実は神道も儒教も入り込んでいるのです。なお、日本人の先祖供養の代名詞ともなっている「お盆」のルーツもじつは仏教ではありません。日本固有の「先祖祭り」がもとになっており、そのルーツは神道なのです。

日本人の「先祖崇拝」について

 

日本人の「こころ」は、なんといっても神道・儒教・仏教の三本柱から成り立っています。この3つの宗教は、かの聖徳太子の計らいによって今日まで平和的に共存してきました。わたしは、さらに神道・儒教・仏教を貫く共通項があると思います。それは、「先祖崇拝」です。聖徳太子も「先祖崇拝」という共通項があったからこそ、3つの宗教を平和的に共存させることができたのかもしれません。

日本人よ、先祖の声を聴け!

 

では、「先祖」とは何か。結論から言いますと、なんと「先祖」とは「子ども」です! 驚かれた人も多いかと思いますが、それはこういうことです。日本人は世界的に見ても子どもを大切にする民族だそうでそして、子どもを大切にする心は先祖を大切にする心とつながっています。柳田國男は『先祖の話』の中で、「祖父が孫に生まれてくるということが通則であった時代もあった」と述べ、そういった時代の名残として、家の主人の通称を一代おきに同じにする風習があることも指摘しています。

祖父が孫に生まれてくる!

 

柳田の先祖論について、宗教哲学者の鎌田東二先生は著書『翁童論』(新曜社)で、「この柳田のいう『祖父が孫に生まれてくる』という思想は、いいかえると、子どもこそが先祖であるという考え方にほかならない。『七歳までは神の内』という日本人の子ども観は、童こそが翁を魂の面影として宿しているという、日本人の人間観や死生観を表わしているのではなかろうか。柳田國男は、日本人の子どもを大切にするという感覚の根底には、遠い先祖の霊が子どもの中に立ち返って宿っているという考え方があったのではないかと推測しているが、注目すべき見解であろう」と述べます。

子どもこそが先祖である!

 

子どもこそが先祖である! この驚くべき発想をかつての日本人は常識として持っていたという事実そのものが驚きです。しかし、本当は驚くことなど何もないのかもしれません。自分自身が死んだことを想像してみたとき、生まれ変わることができるなら、そして新しい人生を自分で選ぶことができるなら、見ず知らずの赤の他人を親として選ぶよりも、愛すべきわが子孫の子として再生したいと思う。これは当たり前の人情というものではないでしょうか?

「異人たちとの夏」は何度も観ました

 

それから、ブログ「サンクスフェスタ八幡」で紹介した10月日のイベントが空前の大成功を収めた話をした後、ブログ「片岡鶴太郎さんに会いました」で紹介した鶴太郎さんとの出会いについて話しました。1989年、鶴太郎さんはブログ「異人たちとの夏」で紹介した大林宣彦監督のジェントル・ゴースト・ストーリーの大傑作で第12回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞受賞しました。わたしが「異人たちとの夏」が本当に大好きで、これまでに数えきれないほどビデオやDVDで鑑賞し、焼失前の小倉昭和館ではスクリーンで鑑賞し、鶴太郎さんの妻役を演じた秋吉久美子さんにもお会いしたことをお伝えしました。わたしの「異人たちとの夏」への熱愛告白を聴いた鶴太郎さんは大変喜んで下さいました。「それは、大林宣彦監督も喜ばれることでしょう」と言って下さいました。とても嬉しかったです。

このシーン、何度見ても泣けるなあ!

「異人たちとの夏」は、山田太一の原作で、妻とも別れ、孤独な毎日を送っていた風間杜夫扮する主人公が、死んだ両親(現在の自分とほぼ同年輩の姿)と再会する物語です。同時にある女性と親しくなりますが、両親との邂逅を繰り返すたび、主人公の身体はなぜか衰弱していきます。人間と幽霊の間の愛と情念とを情感豊かに描き込んだ名作です。特に、ラスト近くで浅草のすき焼き屋で主人公が両親の幽霊と別れを告げるシーンは何度見ても泣いてしまいます。とくに、秋吉久美子さん演じる母親が、主人公に向かって「おまえのことを大事に思っているよ」「おまえのことを自慢に思っているよ」と優しく語りかけるシーンはたまりませんね。消えゆく両親に向かって、最後に主人公が「ありがとうございました!」と頭を下げるシーンに感動しない人はいないでしょう。そして、この映画は「お盆」の物語です!

鶴太郎さんとの出会いについて

熱心に聴く人びと

最近の鶴太郎さんは、 ブログ「時には懺悔を」で紹介した感動の日本映画でも熱演しています。また同作から「天下布礼」に関する重要なヒントを得たことをお伝えしました。具体的には、障がいがあって寝たきりのお子さんの七五三祝いをするためのアイデアです。わが社は太陽光線が万物に等しく降り注ぐごとく、すべての方に儀式を提供したいと考えているのです。その話を聴かれた鶴太郎さんは、「素晴らしいですね。サンレーさんは社員の方々も礼儀正しく親切ですが、社長さんの想いが伝わっておられるんでしょうね」と言って下さり、感激しました。

儀式とは神仏へアクセスするパスワード?

最後は一同礼で「こころ」を同期!

 

鶴太郎さんはトークショーで、わが社が創立60周年を迎えることや、社名の意味なども満員のお客様に説明して下さいました。本当に目力は強く、腰は低く、人間として素晴らしい方でした。今度は11月7日に「サンクスフェスタ小倉」が開催されますが、また鶴太郎さんのトークショーが行われます。再会を心から楽しみにしています。最後に、わたしは「お盆をはじめとした年中行事や冠婚葬祭といった民禮は、神仏や先祖にアクセスするパスワードではないでしょうか。また、血縁や地縁を共にする人々の『こころ』を同期させるテクノロジーでもあります」と言いました。そして、「11月18日の創立60周年記念日まで、あと1カ月。全員で『こころ』を1つにして前を向いて進みましょう!」と言ってから降壇しました。一致団結して前進あるのみ!

佐久間名誉会長の銅像の前で

 

2026年10月16日 一条真也拝

「武士の家計簿」

佐久間庸和です。日本映画「武士の家計簿」(2010年)を紹介します。江戸時代末期の金沢が舞台ということで、わたしは鑑賞を大変楽しみにしていました。



ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「磯田道史原作のベストセラー『武士の家計簿「加賀藩御算用者」の幕末維新』を、森田芳光監督が映画化した異色時代劇。代々加賀藩の財政に携わり“そろばんバカ”と呼ばれた下級武士が、妻の支えを得ながら一家、そして藩の財政を切り盛りしていく姿を描く。主演は、『南極料理人』の堺雅人、彼の献身的な妻役に『ごくせん』シリーズの仲間由紀恵。先行き不透明な現代にも通じる、幕末維新の激動の時代をたくましく生き抜いた主人公一家の姿が胸を打つ」

 

ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「会計処理の専門家、御算用者として代々加賀藩の財政に携わってきた猪山家八代目の直之(堺雅人)。江戸時代後期、加賀百万石とうたわれた藩も財政状況は厳しく、加えて武家社会には身分が高くなるにつれ出費も増えるという構造的な問題があった。直之は、家財道具を処分し借金の返済にあてることを決断し、猪山家の人々は一丸となって倹約生活を実行していく」

 

 

磯田道史のベストセラー『武士の家計簿〜「加賀藩御算用者」の幕末維新』(新潮新書)が原作です。同書のアマゾン内容紹介には、「国史研究史上、初めての発見! 『金沢藩士猪山家文書』という武家文書に、精巧な『家計簿』が完全な姿で遺されていた。タイム・カプセルの蓋を開けてみれば、江戸時代史や日本近代史の見直しを余儀なくされる驚きの連続。気鋭の研究者による意欲作」と書かれています。


算盤と家計簿を模した映画パンフレット

 

ブログ「ノルウェイの森」で紹介したように、映画「ノルウェイの森」のパンフレットはLPレコードを模していましたが、本作品「武士の家計簿」は算盤を模しています。その算盤はケースで、中には家計簿を模したパンフレットが入っているという具合です。最近の映画パンフレットは、本当に凝っていますね。さて、パンフレットの冒頭にある「イントロダクション」には次のように書かれています。
「古書店で偶然発見された家計簿。それは国史研究の通念を覆す大発見となった。日々の買い物、親戚付き合い、子どもの養育費、冠婚葬祭――家計簿から鮮やかによみがえる、幕末に生きた下級武士一家の暮らしぶり。この家計簿をつけた武士、猪山直之が本作の主人公である。代々加賀藩の御算用者(経理係)として仕えた猪山家の跡取り息子として、家業のそろばんの腕を磨き、才能を買われて出世する。しかし、当時の武家の慣習によって出世する度に出費が増え続け、ついには家計が窮地にあることを知った直之は、ある“家計立て直し計画”を宣言する。それは、家財を売り払い、家族全員で質素倹約して膨大な借金の返済に充てることだった。体面を重んじる武士の世にあって、世間の嘲笑を浴びながらも、知恵と工夫で日々の暮らしを前向きに乗り越えようとする猪山家の人々。見栄や世間体を棄てても直之が守りたかったもの、そしてわが子に伝えようとした思いとは――。本作は、激動の時代を世間体や時流に惑わされることなく、つつましくも堅実に生きた猪山家三世代にわたる親子の絆と家族愛を描いた物語である」



この映画を観て、いくつか感じたことがありました。まず、この映画は金沢映画であるということ。わたしは日本で最も美しい町こそ金沢であると思っているのですが、この映画には金沢の自然、風俗、祭り、そして人々の生活が豊かに描かれています。金沢城や浅野川の情景も美しいですし、素晴らしい加賀友禅も出てきます。この映画を観ると、すぐにも金沢に行きたくなりました。



それから、この映画は冠婚葬祭映画であるということ。堺雅人演じる直之、仲間由紀恵演じるお駒の祝言、すなわち結婚式をはじめ、袴着という子どもの成長儀礼、そして中村雅俊演じる猪山信之の葬儀など、この映画には次から次に冠婚葬祭の場面が登場します。
ブログ「小津安二郎展」に書いたように、日本映画の巨匠である小津安二郎彼の作品には、必ずと言ってよいほど結婚式か葬儀のシーンが出てきました。小津ほど「家族」のあるべき姿を描き続けた監督はいないと世界中から評価されていますが、彼はきっと、冠婚葬祭こそが「家族」の姿をくっきりと浮かび上がらせる最高の舞台であることを知っていたのでしょう。この「武士の家計簿」の森田芳光監督も、そのことを理解していたようです。冠婚葬祭がいかに家族の絆を結びなおす文化装置であるかをよく描いています。また、加賀百万石の風土に根ざした冠婚葬祭の作法などの描写は、金沢で冠婚葬祭業を営むわたしにとって最高の参考資料となりました。ぜひ、サンレー北陸のみんなも本作を観てほしいと思いました。



冠婚葬祭映画であり家族映画である「武士の家計簿」には、さまざまな家族関係が生き生きと描かれています。たとえば、直之とお駒の夫婦関係。直之による質素倹約計画に素直に従う妻のお駒が、なんだか楽しそうにしているので、「貧乏が楽しいのか?」と尋ねると、妻は「貧乏だと思うと楽しくありませんが、工夫だと思えば楽しいです」と答える場面は良かったですね。直之とお駒の夫婦は、一家の緊縮財政の中で、どんなに家計が苦しくとも冠婚葬祭はもちろん親戚付き合いを大切にします。映画の中には、「一族つまり親戚は大事だから。いざという時に助けてくれるのは親戚しかいないから」といったようなお駒のセリフが出てきて、とても印象的でした。
ブログ「コラム『血縁』」で書いたように、家族や親戚という血縁に勝る「縁」など、この世に存在しないということを再確認する言葉でした。たとえば、松坂慶子演じる常とお駒の姑と嫁の関係。ふつう姑と嫁といえば人間関係が難しいのがお決まりですが、この二人はじつにうまくやっているのです。松坂慶子が随分ふくよかになっていたので、ちょっと驚きました。ふくよかな松坂慶子はなぜか藤原紀香に似ていました(笑)。



この映画では、祖父と孫の関係も情緒豊かに描いていました。伊藤祐輝演じる猪山成之の幼少時には、二人の祖父がいました。父方の祖父、つまり直之の父である猪山信之(中村雅俊)と母方の祖父、つまりお駒の父である西永与三八(西村雅彦)です。雅彦は、算盤修行を嫌う孫に向かって、「殿様の子は殿様になるが、それ以外の家の子はお家芸で身を立てねばならぬ。お前の家のお家芸は、算盤と筆じゃ」と諭します。また、満月の夜、孫を背負って散歩していた信之は急に具体が悪くなって倒れこみ、帰らぬ人となります。倒れる前に、月の満ち欠けの図を懐から取り出し、「月はこうやって満ちて欠けるのじゃ。人の命も同じじゃ」と言って、夜空の満月を指差す場面がありました。
まさに、わが社がいつも発信しているメッセージでした。わたしは、大変驚くとともに嬉しくなりました。ブログ「死は最大の平等」に書いたように、NHKドラマスペシャル「坂の上の雲」での「子規、逝く」には、子規の魂が夜空の満月めざして飛んでゆく場面がありました。やはり、月とは人の命のシンボルであり、月こそは死後の魂の赴く場所であるというイメージは普遍的なのでしょう。



そして、直之と成之の親子関係。刀よりも算盤を重んじる父の直之に不満を抱き、何かと反発する息子の成之でしたが、お家芸の算盤を見込まれて官軍の大村益次郎にスカウトされるというチャンスをつかみます。信之から直之へ、直之から成之へ。代々、算盤を生業としてゆくその姿に、わたしは「孝」というものの本質を見たような気がしました。親から子へ、先祖から子孫へ、「孝」というコンセプトは、「DNA」にも通じる壮大な生命の連続ということなのです。この映画に出てくる算盤は、まさに「孝」を形にしたものであると思いました。



さらに、この映画は、経理というものをテーマにした珍しい作品です。わたしは以前、わが社の「全国経理責任者会議」において、「経理というのは単なる財務ではなく、経営全体の流れを読んで理というものを明らかにする重要な仕事である」と述べました。そして、「経理とは財務にあらず 経営の流れを読みて理(ことわり)を知る」という短歌を詠んだことがあります。猪山家の緊縮財政を断行した直之は、「世間体などよりも家の存続が第一。家が潰れてしまえば、世間体どころの話ではなくなる」と考えたのです。企業において最優先事とは「ゴーイング・コンサーン」すなわち、その存続であると言われますが、まさに直之は猪山家の「ゴーイング・コンサーン」を優先したのです。その意味で、この映画は「マネジメント時代劇」でもあります。家族の愛用の品まで売らせた直之を家族のみんなは恨めしく思いますが、結果として直之は家族を救ったのです。彼は、刀ではなく、算盤で家族を守った武士だったのです。



最後に、パンフレットの「イントロダクション」に書かれている次の文章を紹介しましょう。この映画が作られた意義を的確に表現していると思いますので。
「物語の背景となる幕末から明治は、世の中の秩序や価値観が大きく変化した時代。歴史上に名を残す英雄が活躍する一方で、これまで表舞台に立つことのなかった人々は、日本の大変革期を一体どう生きたのか? 猪山家の生き方は、金融破綻、地価下落、リストラ、家族の断絶や孤独死など、様々な社会問題に直面している現代の私たちに、先行き不透明な時代を生き抜くためのヒントを教えてくれるだろう」

 

 

2026年10月15日 佐久間庸和拝

『論語一語』

論語一語

 

佐久間庸和です。
『論語一語』長尾剛著(かんき出版)を紹介します。著者はノンフィクション作家で、日本史・日本文学・儒教・仏教・心理学などの人文科学系ジャンルを、わかりやすい読み物にする作家として定評があるそうです。

 
ぶれない軸で論語で築け!

まず、本書で感心したのは、その装丁の美しさです。レモンイエローのカバーに大ぶりのホワイトの帯が、とてもスタイリッシュです。帯に記されている「ぶれない軸で論語で築け!」というキャッチコピーもシンプルで力強いですね。著者は、本書の「はじめに」で、『論語』は誰もが「自信を持てる自分」「好きになれる自分」へと成長できる方法を教えてくれると述べています。「せっかく一度きりの人生なのだから、いつも前向きな気持ちで進むほうが、生きる手応えがあるっていうものじゃないか!」と語りかけてくれるというのです。だから、『論語』は楽しいと、著者は言います。そんな『論語』だからこそ、「いろいろなことに行き詰まり、誰もが毎日の暮らしに少しずつ息苦しさを感じている現代に、必要な書物」であるというのです。

 

 

本書では、8つの章で『論語』の言葉をまとめています。それぞれの章のタイトルは、「自己」の成長、「仕事」の流儀、「人間関係」の美徳、「家族」の本質、「学び」の真髄、「リーダー」の信条、「教育者」の心得、真の「豊かさ・正義」となっています。この章立て、編集の仕方も、類書と比べて、非常に良くまとめられているという感想を持ちました。また、各章の間に置かれている「論語の歴史」「孔子の生涯」というコラムが簡潔ながら興味深い記述がありました。特に、著者は一貫して「礼」を重要視しているようで、たとえば「論語の歴史①」では次のように述べています。
「『論語』のもっとも重要なキーワードは『礼』です。人が守るべきもの。人の世を平和に導くもの。全人類共通の絶対ルール。それが『礼』だと、孔子は主張します」



また、「論語の歴史②」では次のように述べています。
「孔子という人は、徹底したヒューマニストで、『他人への愛情だけでできあがっているような人』でした。彼が前述した『周の礼』に行き着いたのも、それが『人同士の思いやり、愛情を、誰にでも解るように形にしたもの』だと、認めたからです。したがって、孔子の説く『礼』の実践は実際には、あらゆる文化、あらゆる立場の人が、納得でき、喜びを感じられるものです。『君子』の実像とは、とことん突き詰めると『誰にでも思いやりのある人』というだけの話なのです」さらに「孔子の生涯③」では、孔子の母親の実家が「儒」を家業にしていたことにふれ、「儒とは、いわゆる『冠婚葬祭屋』です。どんな文化であれ冠婚葬祭には伝統的な礼儀作法がつきものですから、この母方の家業が、儒教のバックボーンに影響しているのでしょう」と述べています。



最後に「孔子の生涯④」で、著者は孔子の夢について、「彼の夢。それは、高級役人となることでした。つまり孔子は、決して浮世離れした人ではなく、政治的野心激しく燃やし、権力を求める男だったのです。こう聞くと、私たちのイメージとはギャップがあるかもしれません。しかし、孔子の人生のテーマは、あくまでも『人の世を思いやりの深い、秩序ある平和な世界に導く』ことでした。そして、学び続けた彼の結論が『思いやりを完璧な形にしたものが伝統的な礼儀作法である』ということだったのです。つまり、彼にとっては、礼儀作法を社会に広めることこそが正義であり、その実現のためには、社会を直接統治する権力が必要だったわけです」と書いています。「天下布礼」をめざす「冠婚葬祭屋」のわたしにとって、「礼」に最大の価値を置いた本書は、まことに勇気が湧いてくる『論語』入門でした。

 

論語一語

論語一語

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2026年10月14日 佐久間庸和拝

「ノルウェイの森」

佐久間庸和です。
日本映画「ノルウェイの森」(2010年)を紹介します。言わずとしれた村上春樹氏の大ベストセラーの映画化作品ですが、正直、映画としての出来はイマイチでしたね。



ヤフーの「解説」には、「1987年に刊行されベストセラーとなった村上春樹の代表作『ノルウェイの森」を、『青いパパイヤの香り』『夏至』などのトラン・アン・ユン監督が映画化。亡くなった親友の恋人との関係を通し、主人公の青年の愛と性、生と死を叙情的につづる。主人公には松山ケンイチ、大切な人の死をきっかけに主人公と心を通わせていく女子大生に菊地凛子がふんし、複雑な人間性を繊細に演じる。トラン・アン・ユン監督のみずみずしい世界観と、深遠な村上春樹ワールドの融合に期待」と書かれています。

 

ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「ワタナベ(松山ケンイチ)は唯一の親友であるキズキ(高良健吾)を自殺で失い、知り合いの誰もいない東京で大学生活を始める。そんなある日、キズキの恋人だった直子(菊地凛子)と再会。二人は頻繁に会うようになるが、心を病んだ直子は京都の病院に入院してしまう。そして、ワタナベは大学で出会った緑(水原希子)にも惹かれていき・・・・・・」

 

 

原作は村上春樹氏の同名小説ですが、国内小説発行部数歴代1位の超ベストセラーです。講談社文庫版のアマゾン内容紹介には、「十八年という歳月が流れ去ってしまった今でも、僕はあの草原の風景をはっきりと思い出すことができる――。1969年、大学生の僕、死んだ友人の彼女だった直子、そして同じ学部の緑、それぞれの欠落と悲しみ――37歳になった僕は、機内に流れるビートルズのメロディーに18年前のあの日々を思い出し、激しく心をかき乱されていた。時代も国境も越えて読み継がれる世界的名作」と書かれています。



監督は、ヴェトナム生まれでフランスに亡命したトラン・アン・ユンです。彼の代表作「青いパパイヤの香り」や「夏至」といった作品と同様に、この「ノルウェイの森」もフランス映画のようで、アンニュイなムードに溢れていました。物語は、1970年代初頭、若者の「愛と性」、そして「生と死」を描いています。主人公ワタナベは親友のキズキを自殺で失った後、東京で大学生活をスタートします。ある日、キズキの恋人だった直子と再会したワタナベは彼女に恋をします。しかし、直子は心を病み、京都の山中にある病院に入院してしまいます。またワタナベは、大学のキャンパスで出会った同級生の緑にも好意を抱くのでした。

LPレコードを模した映画パンフレット

 

松山ケンイチがワタナベを、高良健吾がキズキを、菊地凛子が直子を、そして水原希子が緑を演じました。わたしとしては、女性2人の配役はあまりピンときませんでしたが、主役の松山ケンイチの素晴らしい演技がすべてを救ってくれました。また、永沢さん役の玉山鉄二と、その恋人ハツミを演じた初音映莉子、レイコさんを演じた霧島れいかも良かったですね。細野晴臣、高橋幸宏、糸井重里らがチョイ役で出演しており、その遊び心は楽しませてもらいました。欲を言うなら、YMOの2人が出ていたわけですから、もう1人の坂本龍一にも登場して欲しかったですね。鎌田東二さんと大変親しく共著もある細野晴臣さんは、ワタナベがアルバイトで働くレコード店の店主役でしたが、ものすごく良い味を出していました。レコードといえば、この映画のパンフレットはLPレコードを模した非常に芸術性が高いもので、思わず買ってしまいました。映画パンフレットの大傑作だと思います。



この映画のネットなどでの評価は必ずしも高いとは言えませんが、わたしは深遠な村上春樹ワールドを忠実に再現していると思いました。しかし、それだけに映画としては重くなり、一般受けはしないかもしれません。とにかく、この映画には「死」の気配が強く漂っています。拙著『ご先祖さまとのつきあい方』(双葉新書)の「生命の輪は廻る〜あとがきに代えて」にも書きましたが、もともと村上春樹の文学には、つねに死の影が漂っています。彼の作品にはおびただしい「死」が、そして多くの「死者」が出てくるのです。 ブログ『もういちど村上春樹にご用心』で紹介した本で、哲学者の内田樹氏は「およそ文学の世界で歴史的名声を博したものの過半は『死者から受ける影響』を扱っている。文学史はあまり語りたがらないが、これはほんとうのことである」と述べています。そして、近いところでは村上春樹のほぼ全作品が「幽霊」話であるというのです。もっとも村上作品には「幽霊が出る」場合と「人間が消える」場合と二種類ありますが、これは機能的には同じことであるというのです。このような「幽霊」文学を作り続けてゆく村上氏の心には、おそらく「死者との共生」という意識が強くあるのでしょう。


『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)

 

そして、この映画は「愛する人を亡くした人」の心を描いた作品でもあります。直子も、緑も、そしてワタナベ自身も、「愛する人を亡くした人」でした。その物語は、まさに拙著
『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)の世界でした。愛する人を亡くしたとき、その人の心は不安定に揺れ動きます。しかし、そこに儀式というしっかりした「かたち」のあるものが押し当てられると、不安が癒されていきます。親しい人間が死去する。その人が消えていくことによる、これからの不安。残された人は、このような不安を抱えて数日間を過ごさなければなりません。心が動揺していて矛盾を抱えているとき、この心に儀式のようなきちんとまとまった「かたち」を与えないと、人間の心にはいつまでたっても不安や執着が残るのです。この不安や執着は、残された人の精神を壊しかねない、非常に危険な力を持っています。まさに、この「ノルウェイの森」の直子の精神が壊されてしまったように。この危険な時期を乗り越えるためには、動揺して不安を抱え込んでいる心に、ひとつの「かたち」を与えることが求められます。葬儀を行う最大の意味はここにあります。

 

1Q84 BOOK 3

1Q84 BOOK 3

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そして、このテーマは、ブログ『1Q84』BOOK3で紹介した村上文学の当時の最新刊の内容へと直結します。この作品では、主人公の1人である天吾の父親が亡くなります。彼の父親は、生前、NHKの集金人をしていました。そして、棺に入るときにはその制服を着せてほしいと遺言します。天吾は、とまどいながらも、父の希望をかなえてあげます。父親の葬儀は通夜も告別式もない、そのまま火葬場へ直行する「直葬」です。火葬に立ち会う人間も、息子である彼1人だけ。そこへ、病床の父を介護した若い看護婦である安達クミが付き添ってくれます。これで父を送る「おくりびと」は2人になりました。「一緒に来てくれてありがとう」と礼を述べる天吾に対して、安達クミは、「一人だとやっぱりきついからね。誰かがそばにいた方がいい。そういうものだよ」と答えます。「そういうものかもしれないな」と認めた天吾に、安達クミは次のように言うのです。「人が一人死ぬというのは、どんな事情があるにせよ大変なことなんだよ。この世界に穴がひとつぽっかり開いてしまうわけだから。それに対して私たちは正しく敬意を払わなくちゃならない。そうしないと穴はうまく塞がらなくなってしまう」


『唯葬論』(サンガ文庫)

 

この言葉は、わたしがつねづね言っていることだったので、非常に共感できました。世界にぽっかりと開いた穴に落ちないための方法、それこそが「葬儀」と呼ばれるものです。拙著『唯葬論』(三五館・サンガ文庫)に詳しく書きましたが、人類は、気の遠くなるほど長い時間をかけて、「葬儀」という穴に落ちないための方法を守ってきました。本作に登場する直子は、不幸にも世界に開いた穴に落ちた人なのです。直子が最愛の恋人キズキの葬儀に参列したかどうかは小説にも映画にも描かれていませんが、わたしはきっと参列しなかったのではないかと思います。その直子が自殺したとき、れいかさんはワタナベの部屋でギターで「ノルウェイの森」を演奏します。これこそは、2人にとっての直子の葬儀だったのです。この場面は原作のみで映画には登場しませんでしたが、本当はとても大事なシーンでした。このシーンがあればこそ、次にれいこさんとワタナベが抱き合うのも自然な流れとなったのでに、映画でカットされたのは残念でしたね。いずれにせよ、2人は自分たちなりの葬儀を行ったために、穴に落ちなくてすんだのです。「お葬式なんて大嫌い!」と言いながらも、遺された姉とともに父親の葬儀をきちんとあげた緑も穴に落ちなかった人でした。。



緑といえば、映画のラストシーンで、ワタナベは直子を喪った悲しみから立ち直り、緑に電話をかけます。そして、「緑、君と話がしたいんだ」と言うのです。このセリフ、どこかで聞いたことがあるように思ったら、わたしが学生時代に交際していた恋人に言ったセリフと同じでした。そう、わが妻の名は緑なのであります! 妻の緑と初めて出会った早稲田大学のキャンパスも映画にたくさん登場して、懐かしかったです。なんだか大学時代に戻ったような気分でした。主題歌はもちろんザ・ビートルズの「ノルウェイの森」です。改めて聴くと、しみじみとしてくる名曲ですね。本当は、妻と一緒に、この映画を観たかったですね。

 

 

2026年10月13日 佐久間庸和拝

『「論語」に学ぶ人間学』

「論語」に学ぶ人間学

 

佐久間庸和です。
『「論語」に学ぶ人間学』境野勝悟著(致知出版社)を紹介します。著者は「こころの教育」をテーマとしている人物で、私塾を開きながら、各地で講演などを精力的にこなしています。その洒脱な人柄と古典に精通した講演は、経営者のみならず、一般ビジネスマンや主婦まで、幅広いファンを持つそうです。



本書は基本的に著者の講演録であり、5つの講演から成っています。それぞれの講演は章として独立しており、キーワードが掲げられ、章扉にはシンプルかつ核心をつく言葉が添えられています。それぞれ、見ていきたいと思います。

第一講「和」
「人が幸福であるかどうかは、すべて対人関係で決まります。親子、男女、兄弟、友人・・・・・今、すべての人間関係が子供の社会まで腐敗してしまっています」

第二講「礼」
「『和』の大切さを知って、いくら仲良くやろうとしても、『礼』というしっかりした秩序がないと、諸事がうまく運ばず、人間関係は必ず破綻します」

第三講「道」
「自分のいのちの根が、しっかりとつかめないと、自分がどう生きていったらいいのかという自分自身の『人生の道』は、いっこうにわかってきません」

第四講「仁」
「『仁』とは、『人偏』に『二』を加えた字で、二人の人という意味です。人間が二人出会うと自然に生じる心の働きとはなんでしょうか。それは『親しみ』と『愛』です」

第五講「楽」
「人生をどう生きるのかを知ると、人生が好きになる。が、それではまだ足りません。人生を楽しまなくては、幸福な人生とはいえないのです」



それぞれの章(講)のキーワードを見ると、「和」であるとか「道」とか「楽」であるとか、非常に日本人が好みそうなキーワードが多いことに気づきます。そう、本書は『論語』についての本でありながら、日本人について縦横無尽に語ったユニークな「日本人論」でもあるのです。特に、著者は「和」こそ日本文化の神髄であり、『論語』の最大のメッセージでもあるといいます。



本書の第五講の最後に、著者は次のように述べています。
「孔子の思想を一口でまとめようとするなら、人が、平和に、仲良く生活するには、天の徳である『仁』の心、人と人とがおたがいに、思いやる心が、必修であったということです。人と人とが信じ合って『和』して生活してこそ、みんなが楽しんで、ゆっくり生きていく世界が生まれてくるのです」



「和」の思想は、本書を読んだ当時に話題だった「八百長」という言葉にもつながるように思います。大相撲についての一連の報道を見ても明らかなように、「八百長」というと完全に悪であると思われていますが、もともとは必ずしも悪い意味ではありませんでした。「八百長」は明治時代に実在した「長兵衛」という名の八百屋の店主に由来するといわれています。彼の通称が「八百長」でしたが、大相撲の年寄・伊勢ノ海五太夫と囲碁仲間でした。囲碁の実力は長兵衛が優っていましたが、彼は時々わざと負けて伊勢ノ海五太夫の機嫌をとっていたといいます。それで気を良くした伊勢ノ海五太夫は、長兵衛から大量の野菜を購入し続けたというエピソードが残されています。



転じて、大相撲でわざと負けることを「八百長」というようになったのですが、もともと気配りで相手を喜ばせるという人間関係を良くするための知恵だったのです。これは、白黒きっちりつけるというデジタル的発想ではなく、きわめてファジーなアナログ的発想といえるでしょう。そして、このアナログ的発想こそ日本人の「こころ」の癖であり、「何でもあり」とか「いいとこ取り」といった文化にも通じるように思います。はっきりと白黒つけるだけでは、衝突を生み、争いしか起こりません。すなわち、「八百長」は明らかに「和」の文化に通じているのです。

 

さらに、著者は「あとがき」で「『和を貴しと為す』と、孔子は、平和への熱い思いを抱いた。人は、すべての生命の源流である宇宙の生命(大徳)とよく和し、これを敬し、人と人ともあたたかく和し、深く敬し合わなくてはならないと、暴君への怒りは自制して抑え、乱暴な物言いはけっしてせず、寛大な態度で説きつづけた。孔子が描いた理想的な社会は、まずなによりも人と人が尊敬し合い、人と人とが思いやり、各人が人格を修養し、ときあらばいろいろな趣味にも励み、この一回こっきりの人生を、仲良く楽しく成長していくことであった」と述べています。著者のこの言葉は、まことに格調高く、まるで『論語』の中に出てくる漢文を日本語訳したような錯覚をおぼえました。著者の『論語』への思い、人間学への理想は、この一文に集約されているのではないかと思います。

 

 

2026年10月12日 佐久間庸和拝

佐久間庸和、片岡鶴太郎さんに会う

佐久間庸和です。
10日、ブログ「佐久間庸和、サンクスフェスタ八幡へ!」で紹介したように、「サンクスフェスタ inサンレーグランドホール」が行われ、メインイベントの「片岡鶴太郎トークショー」も大盛況でした。鶴太郎さんは、「サンレーさんは11月18日に創立60周年を迎えます。社長に代わって、みなさまに御礼を申し上げます」と言って下さいました。また、社名の意味なども説明していただき、嬉しかったです。

片岡鶴太郎さんと

 

記録的な超満員となったトークショーの後、わたしは サンレーグランドホールの貴賓室で鶴太郎さんと面談しました。鶴太郎さんは、幼少の頃より役者になることを夢見て、学校ではものまねのうまい人気者として親しまれました。高校卒業後、片岡鶴八師匠に弟子入り。3年後には声帯模写で独り立ちし、東宝名人会、浅草演芸場に出演しました。

鶴太郎さんとお話しました

 

その後、鶴太郎さんはテレビのバラエティ番組を足がかりにして広く大衆の人気者となり、1988年にはボクシングのライセンスを取得。1995年、東京にて初の個展「とんぼのように」を開催。現在は幅広いキャラクターを演じる役者として、ドラマ・映画・演劇など様々なメディアで大活躍しました。当時のことは、わたしもよく記憶しています。鶴太郎さんは、まさに「時の人」でした。伝説のバラエティ番組である「鶴ちゃんのプッツン5」もよく観ていました。


「異人たちとの夏」への想いを打ち明けました

 

1989年、鶴太郎さんはブログ「異人たちとの夏」で紹介した大林宣彦監督のジェントル・ゴースト・ストーリーの大傑作で第12回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞受賞しました。その他、毎日映画コンクール新人賞、キネマ旬報助演男優賞、ブルーリボン助演男優賞など、受賞多数。わたしが「異人たちとの夏」が本当に大好きで、これまでに数えきれないほどビデオやDVDで鑑賞し、焼失前の小倉昭和館ではスクリーンで鑑賞し、鶴太郎さんの妻役を演じた秋吉久美子さんにもお会いしたことをお伝えしました。わたしの「異人たちへの夏」への熱愛告白を聴いた鶴太郎さんは大変喜んで下さいました。「それは、大林宜彦監督も喜ばれることでしょう」と言って下さいました。

「時には懺悔を」の感動もお伝えしました



最近では、ブログ「時には懺悔を」で紹介した感動の日本映画でも熱演しています。また「時には懺悔を」から「天下布礼」に関する重要なヒントを得たことをお伝えしました。具体的には、障がいがあって寝たきりのお子さんの七五三祝いをするためのアイデアです。わが社は太陽光線が万物に等しく降り注ぐごとく、すべての方に儀式を提供したいと考えているのです。その話を聴かれた鶴太郎さんは、「素晴らしいですね。サンレーさんは社員の方々も礼儀正しく親切ですが、社長さんの想いが伝わっておられるんでしょうね」と言って下さり、感激しました。


有田焼の作陶もされる鶴太郎さん

 

鶴太郎さんは、マルチ芸術家です。2014年は齢四十から始めた画業が20周年を迎えるとともに、自身の還暦が重なる記念すべき年となりました。2015年3月、書の芥川賞と言われる「第十回手島右卿賞」を受賞。また、焼き物もプロ級とのことで、人間国宝である陶芸家の十四代 今泉今右衛門氏との対談本『「かたち」の文化論』(産経新聞出版)をお渡ししました。じつは、この日の前夜、ちょうど小倉に来られている今右衛門さんと会食し、その後、サザンオールスターズのカラオケ合戦(合唱?)を深夜まで楽しんだのです。その際、「明日は片岡鶴太郎さんにお会いするんですよ」と申し上げたところ、今右衛門さんは「鶴太郎さんは多才な方ですよね」と言われていました。工芸界に「三衛門」というのがあります。今右衛門・柿右衛門・太郎衛門の三大巨匠のことですが、鶴太郎さんは太郎衛門さんに師事されており、有田焼の作陶をされているとか。

映画の話で大盛り上がり!

 

「一条本」といえば、「異人たちとの夏」のレビューが収録されている『心ゆたかな映画』(現代書林)をはじめ、『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)、『映画の観方』(産経新聞出版)などの映画関連書もお渡ししました。鶴太郎さんは「そんなに映画がお好きとは驚きました。ぜひ、ご自身でも映画を製作されるといいですね」と言って下さいました。わたしは、「じつは葬儀映画の決定版を作りたいと思っています。そのときは、ぜひ出演されて下さい」とお願いしました。鶴太郎さんとは映画や工芸のお話で大いに盛り上がりました。最高の至福の時間でした。最近ちょっとハード・スケジュールでしたが、疲れが一気に吹き飛びました。

花瓶に活けたコスモスの花(片岡鶴太郎ブログより)

 

あと、わたしは「今日はこんな派手なネクタイをしてきましたが、鶴太郎さんが花瓶に活けられたコスモスをイメージしたんですよ」と説明しました。ヤフーニュースで「片岡鶴太郎 洗練された“和”感じるアトリエ公開! ラックに作品ずらりコスモス飾った秋らしい空間に『素敵』『静かで集中出来そう』」という記事が8日にUPされたのですが、その中にブログの写真として紹介されていた鶴太郎さんが活けたコスモスの濃いピンクレッドがとても綺麗だったので、その色をイメージしたのです。鶴太郎さんは「おおっ、ありがとうございます!!」と大変喜んで下さいました。わたしは、ブログ「ジョニー・デップに会いました!」で紹介したようにジョニー・デップと初対面したときにに彼がデザインしたストールを着けていたら大喜びされたことを思い出しました。

鶴太郎さんとのツーショット

この日の面談は2つのトークショーの間ということもあって短い時間でしたが、鶴太郎さんとは大いに意気投合! 正直、最初は「ヨガもされているし、もしかして気難しい方なのかな?」と心配していましたが、とても人間味があってフレンドリーな方でした。マルチ芸術家としてのオーラと目力が凄かったですが、その腰の低さにも感服しました。今右衛門さんといい、本物ほど礼儀正しいというのは法則ですね。鶴太郎さんには、11月7日の「サンクスフェスタin小倉紫雲閣」でもトークショーをお願いしますが、再会が楽しみです!

これからも、よろしくお願いします!

2026年10月11日 佐久間庸和 拝