佐久間庸和です。
15日の午後、東京から北九州に戻りました。16日の早朝から、松柏園ホテルの神殿で月次祭が行われました。今朝の小倉は曇りで、気温は16度でした。寒かったです!
ホテルの貴賓室には父の遺影が・・・
朝、ホテルに到着して貴賓室に入ったら、デスクの上に父である佐久間進名誉会長の遺影が置かれていました。わたしは遺影に向かって「お元気ですか? これから月次祭と天道塾ですよ」と話しかけました。
神事の始めは一同拝礼
月次祭のようす
厳粛な気分になります
低頭しました
皇産霊神社の瀬津権宮司によって神事が執り行われました。サンレーを代表して、わたしが玉串奉奠を行いました。会社の発展と社員の健康・幸福、それに世界各地で行われている戦争が早く終結することを祈念しました。
巫女から玉串を受け取りました
山下常務に合わせて柏手を打つ
山下常務に合わせて拝礼する
神事の最後は一同拝礼!
この日は、わたしに続いて山下常務が玉串を奉奠しました。山下常務と一緒に参加者たちも二礼二拍手一礼しました。その拝礼は素晴らしく美しいものでした。わが社が「礼の社」であることを実感しました。儀式での拝礼のように「かたち」を合わせると「こころ」が1つになります。神事の後は、恒例の「天道塾」を開講しました。
入場のようす
最初は、もちろん一同礼!
開塾の挨拶をしました
父の三回忌を報告
神事後は恒例の「天道塾」です。いつものように松柏園のメインバンケット「グランフローラ」で行われました。最初にわたしが登壇し、開塾の挨拶をしました。「みなさん、おはようございます! 冒頭、ブログ「父の三回忌」で紹介したわが家の年季法要、ブログ「リメンバー・フェス」で紹介したイベント、さらにはブログ「月への送魂」で紹介した新時代のセレモニーについて話しました。
初孫の誕生を報告
それから、初孫の誕生を報告しました。父の三回忌を終えた直後に初孫を授かり、「いのち」の繋がりを実感したことを話しました。日本民俗学の父である柳田國男はブログ『先祖の話』で紹介した名著を著しました。同書は、昭和20年(1945年)春、敗戦の色が濃く連日の空襲警報が鳴り響く中で、戦死した多くの若者たちの魂の行方を案じて書かれました。柳田は、輪廻転生の思想が入ってくる以前の日本にも、死者が子どもの中に生まれ変わって戻ってくる(先祖が子の中に宿る)という独自の思想があったと説いています。
柳田國男『先祖の話』について
熱心に聴く人びと
現在の日本で行われている葬式は、ほとんどが仏式葬儀です。でも、「仏式」という言葉から100%の仏教儀礼かというと、そうではありません。清めの塩のルーツは神道であり、位牌のルーツは儒教です。このように、仏式葬儀の中には、実は神道も儒教も入り込んでいるのです。なお、日本人の先祖供養の代名詞ともなっている「お盆」のルーツもじつは仏教ではありません。日本固有の「先祖祭り」がもとになっており、そのルーツは神道なのです。
日本人の「先祖崇拝」について
日本人の「こころ」は、なんといっても神道・儒教・仏教の三本柱から成り立っています。この3つの宗教は、かの聖徳太子の計らいによって今日まで平和的に共存してきました。わたしは、さらに神道・儒教・仏教を貫く共通項があると思います。それは、「先祖崇拝」です。聖徳太子も「先祖崇拝」という共通項があったからこそ、3つの宗教を平和的に共存させることができたのかもしれません。
日本人よ、先祖の声を聴け!
では、「先祖」とは何か。結論から言いますと、なんと「先祖」とは「子ども」です! 驚かれた人も多いかと思いますが、それはこういうことです。日本人は世界的に見ても子どもを大切にする民族だそうでそして、子どもを大切にする心は先祖を大切にする心とつながっています。柳田國男は『先祖の話』の中で、「祖父が孫に生まれてくるということが通則であった時代もあった」と述べ、そういった時代の名残として、家の主人の通称を一代おきに同じにする風習があることも指摘しています。
祖父が孫に生まれてくる!
柳田の先祖論について、宗教哲学者の鎌田東二先生は著書『翁童論』(新曜社)で、「この柳田のいう『祖父が孫に生まれてくる』という思想は、いいかえると、子どもこそが先祖であるという考え方にほかならない。『七歳までは神の内』という日本人の子ども観は、童こそが翁を魂の面影として宿しているという、日本人の人間観や死生観を表わしているのではなかろうか。柳田國男は、日本人の子どもを大切にするという感覚の根底には、遠い先祖の霊が子どもの中に立ち返って宿っているという考え方があったのではないかと推測しているが、注目すべき見解であろう」と述べます。
子どもこそが先祖である!
子どもこそが先祖である! この驚くべき発想をかつての日本人は常識として持っていたという事実そのものが驚きです。しかし、本当は驚くことなど何もないのかもしれません。自分自身が死んだことを想像してみたとき、生まれ変わることができるなら、そして新しい人生を自分で選ぶことができるなら、見ず知らずの赤の他人を親として選ぶよりも、愛すべきわが子孫の子として再生したいと思う。これは当たり前の人情というものではないでしょうか?
「異人たちとの夏」は何度も観ました
それから、ブログ「サンクスフェスタ八幡」で紹介した10月日のイベントが空前の大成功を収めた話をした後、ブログ「片岡鶴太郎さんに会いました」で紹介した鶴太郎さんとの出会いについて話しました。1989年、鶴太郎さんはブログ「異人たちとの夏」で紹介した大林宣彦監督のジェントル・ゴースト・ストーリーの大傑作で第12回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞受賞しました。わたしが「異人たちとの夏」が本当に大好きで、これまでに数えきれないほどビデオやDVDで鑑賞し、焼失前の小倉昭和館ではスクリーンで鑑賞し、鶴太郎さんの妻役を演じた秋吉久美子さんにもお会いしたことをお伝えしました。わたしの「異人たちとの夏」への熱愛告白を聴いた鶴太郎さんは大変喜んで下さいました。「それは、大林宣彦監督も喜ばれることでしょう」と言って下さいました。とても嬉しかったです。
このシーン、何度見ても泣けるなあ!
「異人たちとの夏」は、山田太一の原作で、妻とも別れ、孤独な毎日を送っていた風間杜夫扮する主人公が、死んだ両親(現在の自分とほぼ同年輩の姿)と再会する物語です。同時にある女性と親しくなりますが、両親との邂逅を繰り返すたび、主人公の身体はなぜか衰弱していきます。人間と幽霊の間の愛と情念とを情感豊かに描き込んだ名作です。特に、ラスト近くで浅草のすき焼き屋で主人公が両親の幽霊と別れを告げるシーンは何度見ても泣いてしまいます。とくに、秋吉久美子さん演じる母親が、主人公に向かって「おまえのことを大事に思っているよ」「おまえのことを自慢に思っているよ」と優しく語りかけるシーンはたまりませんね。消えゆく両親に向かって、最後に主人公が「ありがとうございました!」と頭を下げるシーンに感動しない人はいないでしょう。そして、この映画は「お盆」の物語です!
鶴太郎さんとの出会いについて
熱心に聴く人びと
最近の鶴太郎さんは、 ブログ「時には懺悔を」で紹介した感動の日本映画でも熱演しています。また同作から「天下布礼」に関する重要なヒントを得たことをお伝えしました。具体的には、障がいがあって寝たきりのお子さんの七五三祝いをするためのアイデアです。わが社は太陽光線が万物に等しく降り注ぐごとく、すべての方に儀式を提供したいと考えているのです。その話を聴かれた鶴太郎さんは、「素晴らしいですね。サンレーさんは社員の方々も礼儀正しく親切ですが、社長さんの想いが伝わっておられるんでしょうね」と言って下さり、感激しました。
儀式とは神仏へアクセスするパスワード?
最後は一同礼で「こころ」を同期!
鶴太郎さんはトークショーで、わが社が創立60周年を迎えることや、社名の意味なども満員のお客様に説明して下さいました。本当に目力は強く、腰は低く、人間として素晴らしい方でした。今度は11月7日に「サンクスフェスタ小倉」が開催されますが、また鶴太郎さんのトークショーが行われます。再会を心から楽しみにしています。最後に、わたしは「お盆をはじめとした年中行事や冠婚葬祭といった民禮は、神仏や先祖にアクセスするパスワードではないでしょうか。また、血縁や地縁を共にする人々の『こころ』を同期させるテクノロジーでもあります」と言いました。そして、「11月18日の創立60周年記念日まで、あと1カ月。全員で『こころ』を1つにして前を向いて進みましょう!」と言ってから降壇しました。一致団結して前進あるのみ!
佐久間名誉会長の銅像の前で
2026年10月16日 一条真也拝