全互連総会 in横須賀  

この記事は、当ブログの1999本目の記事です。
6月6日は、わたしが会長を務める全互連の総会が開催される日です。
早朝、わたしは前日入りしていた東京のホテルの客室で目覚めました。
朝食を取った後、総会の流れや会長挨拶のチェックなどを行いました。
そしてJR品川駅から新幹線に乗って、横須賀に向かいました。
プラザヨコスカよこすか平安閣)で、第59回全互連定時総会が開催されるのです。


プラザヨコスカの前で

互助会の発祥の地を訪れました



全互連は、正式には「全国冠婚葬祭互助会連盟」といいます。冠婚葬祭互助会とは、その名通りに「相互扶助」をコンセプトとした会員制組織です。終戦直後の1948年に、西村熊彦という方の手によって、日本最初の互助会である「横須賀冠婚葬祭互助会」が横須賀市で生まれました。そして、横須賀から名古屋へ、さらには静岡へと、全国に広まっていきました。いわゆる「平安閣グループ」と言われている互助会集団が全互連なのです。


昼食を頂きました

良長院で墓参しました



本日は、昼食を頂いた後、互助会の創始者である西村熊彦翁のお墓参りをすることができました。西村翁のお墓は、横須賀の良長院の境内にありました。会長、副会長、専務理事、一部の理事らによる墓参でしたが、長年の念願を果たすことができ、わたしの胸はいっぱいになりました。そして、西村翁のお墓に手を合わせながら、「互助会の火はけっして消しません。これからも冠婚葬祭で日本人を幸せにします」とお誓いしました。


冠婚葬祭互助会はここで誕生しました!

互助会の歴史が展示されました

昭和28年7月17日付けの日経新聞のコピー

「互助会の父」西村熊彦翁の胸像と

理事会会場にて(花が豪華!)

14時から理事会を開催しました

第59回定時総会が開催されました

第59回定時総会のようす



それから、13時から正副会長会議、そして14時から理事会が開催されました。
14時50分に理事会が終了すると、15時からは定時総会です。
会場の外には西村熊彦翁の銅像、さらには横須賀冠婚葬祭互助会の歴史を展示するコーナーがありました。とても勉強になりましたが、特に昭和28年7月17日付けの「日本経済新聞」の見出しに「珍しい冠婚葬祭の互助会」「保険に似た仕組み」と書かれているのが印象的でした。


会長として登壇しました



松嶌専務理事(三重平安閣社長)の司会で第59回定時総会が開始されました。
大石副会長(千代田社長)による開会宣言、物故者黙祷の後は「会長挨拶」の時間です。
わたしは会長として登壇し、冒頭で以下のように述べました。
「いまご紹介に預かりました全互連の会長を拝命しております佐久間でございます。本日は関係機関の皆様方にはご多用のところ、ご臨席を賜り誠に有難うございます。また、皆様方には日頃より一方ならぬご懇情とご指導を賜っていることに、この場をかりて心より感謝を申し上げます。定時総会にあたりまして一言ご挨拶を申し上げます」


会長挨拶のようす



それから、以下のように述べました。
「本年度の全互連第59回定時総会は、関東・甲信越ブロックの互助会各社の皆様にご担当いただき、冠婚葬祭互助会の発祥の地であります、この横須賀で開催する事となりました。戦後間もない昭和23年に横須賀冠婚葬祭互助会を創業された西村熊彦氏は、冠婚葬祭こそわが国の精神的文化であり、日本人の誇りであると提唱されました。『明るく暮らせる日本の創造』という壮大な志があったればこそ、今日の業界の隆盛があることを私たちは決して忘れてはなりません。その意味から、横須賀での開催は意義深いものがあり、全国各地より多数のご参加を賜りましたことに心より感謝申し上げます」


業界の保守本流として・・・



それから業界を取り巻く環境変化などに言及した後で、以下のように述べました。
「今回、互助会発祥の地である横須賀において、業界の保守本流として『初期設定』を再確認すると共に、時代の変化に沿った『アップデート』への布石となる有意義な総会にしたいと考えております。今後とも、全互連加盟各社が一丸となって、消費者保護政策を推進し、自社の経営基盤の強化を図り、全互連加盟互助会相互の団結をより強固にし、儀式文化の継承と創新に努めていくことが肝要であり、あらためてご協力を賜ればと存じます」


業界発展のために努めてまいります!



そして最後は、以下のように述べて、会長挨拶を締めくくりました。
「最後になりましたが、本総会開催に際しご尽力頂きました関東・甲信越ブロック各社の皆様、ご協賛を賜りましたお取引先各社の皆様に心より厚く御礼申し上げます。
わたくしも全互連会長としての4年目を迎え、一致団結して難局を乗り越え、業界発展のために努めてまいりたいと考えております。全互連加盟互助会各社の皆様におかれましては、今後ともご支援・ご協力を賜りますようお願い申し上げ、全互連加盟互助会各社の益々のご発展とご参集各位のご健勝を祈念申し上げ、わたくしのご挨拶といたします。ありがとうございました」


横須賀冠婚葬祭互助会様に感謝状を贈呈しました

横須賀冠婚葬祭互助会様に贈呈した感謝状



総会の最後には、退任理事に感謝状を贈呈させていただきました。
そして、この日のクライマックスともいうべき、横須賀冠婚葬祭互助会様への感謝状を贈呈させていただきました。感謝状には、「貴社は戦後の混乱期 全国に先駆け、ここ横須賀の地において冠婚葬祭互助会を起業し、我々後輩各社を指導される等、多大なる貢献をされました。よってここに感謝状を贈り、深甚なる謝意を表します」と書かれていました。
西村社長に感謝状をお渡しするとき、胸に熱いものがこみ上げました。


懇親会のようす

懇親会の冒頭で挨拶しました



総会は16時30分に終了しました。その後、参加者全員で記念撮影をしてから、17時から懇親会が開催されました。懇親会の冒頭でも会長挨拶があります。登壇したわたしは、「本日は、全互連定時総会懇親会にこのようにたくさんの皆様にご出席を賜り、誠にありがとうございます。皆様方には平素より全互連の運営に関しまして、格別のご理解・ご支援をいただき心より御礼申し上げます。また公務ご多用の中にも関わらず多くのご来賓の方々にもご臨席をいただいております。重ねて御礼を申し上げます」と述べました。


横須賀は冠婚葬祭互助会の発祥の地です!



それから、わたしは以下のように述べました。
「さて、わたしは、この横須賀の地を訪問することを心待ちにしておりました。なぜならば、ここが冠婚葬祭互助会の発祥の地であるからです。今日この業界があるのは、ひとえに横須賀冠婚葬祭互助会を起業された故西村熊彦氏の高い志と、それを具現化された尊い実践があったからにほかなりません。それ故に、全互連会長として、深く感謝せずにはおれません」


聯合艦隊解散之辞」に言及しました



それから、横須賀について以下のように述べました。
「横須賀はご存知のとおり、ペリー来航による『開国』を象徴する地でもあり、勝海舟を艦長とする咸臨丸が出航したのも横須賀港でした。いわば日本の近代化の発祥の地でもあるのです。明日の第2分科会(観光)で視察する戦艦『三笠』は、日露戦争において連合艦隊旗艦を務めましたが、連合艦隊司令長官東郷平八郎元帥が乗艦されていた戦艦です。日露戦争終結し、連合艦隊が帰還した際、「聯合艦隊解散之辞」が東郷元帥により示達されます。文章の起草者は、司馬遼太郎の『坂の上の雲』の主人公の一人である秋山真之(さねゆき)ですが、その最後の一節には「勝(かっ)て兜の緒を締めよ」という名文が登場します」


勝て兜の緒を締めよ!



そして、最後に、わたしは以下のように述べました。
「冠婚葬祭互助会は時代と共に成長いたしましたが、その創設者たる故西村熊彦氏の志を決して忘れてはなりません。まさに『勝て兜の緒を締めよ』の精神です。わたしは全互連会長として、互助の心を回復し、有縁社会を再生するため全力で臨む覚悟です。本日ご臨席の皆様におかれましては、今後ともご支援・ご協力を賜りますようお願い申し上げます。最後になりますが、各社様の益々のご発展とご参集各位のご健勝を祈念申し上げ、わたしの挨拶とさせていただきます」
挨拶を終えると盛大な拍手を頂戴して、たいへん感激しました。


懇親会のようす

懇親会でのテーブルマット

横須賀名物「梅わいん」で乾杯

シラス丼(江の島名物)が絶品でした



懇親会のテーブルマットには戦艦が描かれていました。
横須賀名物の「梅わいん」で乾杯しましたが、とても飲みやすかったです。
料理もすべて美味しかったですが、特にシラス丼(江の島名物)が絶品でした。


全互連の歴史を動画で紹介

互助会訓の内容を紹介

在りし日の西村熊彦翁

平安閣の誕生!!


途中、ステージの横ではスクリーンに映像が流されました。
横須賀冠婚葬祭互助会の歴史を紹介する動画で、非常に興味深かったです。
互助会訓の内容や、平安閣の誕生の場面なども映し出され、身が引き締まりました。


ジャズが流れる懇親会場

エンドロールが流れました

二次会で「波乗りジェーン」を歌いました♪



懇親会では地元のジャズ・バンドが出演して、心地よいナンバーを奏ででくれました。
最後には、結婚披露宴で使用されるエンドロールが流れ、総会と懇親会を振り返っていました。エンドロールのBGMはサザンオールスターズの「波乗りジェーン」でした。懇親会後の二次会ではカラオケも歌われ、わたしも「波乗りジェーン」を歌いました♪


アンコールで「まつり」を歌いました♪

男はまつり〜を〜♪

魂を込めて歌いました♪

これが全互連の祭り〜だ〜よ〜♪



その後、富士平安閣の山崎社長をはじめ、数人の方々の熱烈なご要望により、ブログ「まつり」で紹介したサブちゃんの名曲を歌いました。最後の「これが日本の祭り〜だ〜よ〜♪」のところは「これが全互連の祭り〜だ〜よ〜♪」に改変して歌ったのですが、大いに盛り上がりました。わたしが歌っていると、多くの人々がスマホで撮影していました。わたしは歌い終わると、「個人情報の保護が叫ばれる昨今ですが、わたしには個人情報も肖像権もございません。わたしの写真など、ブログやSNSでいくらでもお使い下さい!」と言うと、大爆笑でした。
わたしの会長任期もいよいよ、あと1年です。
全力で務めさせていただきます。全互連最高!



*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2017年6月7日 佐久間庸和