インドで人生の四季を考える

インドに来ていますが、「サンデー毎日」2016年2月28日号が出ました。
わたしは、同誌にコラム「一条真也の人生の四季」を連載しています。
第19回目のタイトルは「インドで人生の四季を考える」です。


サンデー毎日」2月28日号



いま、わたしはインドにいます。副座長を務めている「アジア冠婚葬祭業国際交流研究会」の海外視察に参加しているのです。生まれて初めて訪れるインドですが、現地では仏教、ヒンドゥー教イスラム教の聖地などを回ります。特に、ブッダが仏教を伝播したコースを辿ることになっており、とても楽しみです。



さて、この連載タイトルは「人生の四季」ですが、インドにはまさに「人生の四季」そのもののライフサイクルが存在します。ヒンドゥー教の「四住期」という考え方です。これは理想的な人生の過ごし方と言うべきもので、人間の一生を「学生期」「家住期」「林住期」「遊行期」の4つの段階に分けて考えます。学生期には師に絶対的に服従し、ひたすら学び、厳格な禁欲を守らなければなりません。


このような学びの期間が過ぎると、次は家住期です。家住期では、親の選んだ相手と結婚して、職業に就いて生計を立てなければなりません。そして子どもを育てるのが大切で、このことによって子孫を確保し、祖先への祭祀が絶えないように心がけなければならないのです。この家住期は世俗的なことが重要とされるのです。現代人であれば、これで人生が終わりとさえ言えるのですが、ヒンドゥー教の場合にはさらに二段階が加わります。
 


第三の林住期は、これまでに得た財産や家族を捨て、社会的な義務からも解放され、人里離れたところで暮らすことができます。このような過程を経て、最後の遊行期は、この世への一切の執着を捨て去って、乞食となって巡礼して歩きます。インド人たちは、永遠の自己との同一化に生きようとしたのです。



あるヒンズー教の文献によれば、この四住期は必ずしもこの通りの順序でやらなくてもよいそうですが、いずれにしても理想的な人生のあり方というものが見て取れます。
わたし自身は、おそらく家住期の後半ではないかと思いますが、早く林住期を迎えて、晴耕雨読したいものです。


サンデー毎日」2月28日号の表紙



*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2016年2月16日 佐久間庸和