たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。
そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。
その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。
今回ご紹介するハートフル・キーワードは、「謝」です。




異色の哲学者として多くの指導者を教えた中村天風は、「ありがとう」という気持ちを持ち続けていれば、不平、不満、怒り、怖れ、悲しみは自然に消えてなくなると述べました。そして、「とにかく、まずはじめに感謝してしまえ」とも教えました。
わたしたちは感謝すべき出来事があって、その後に感謝するのが普通です。「感謝を先にしろ」といわれても、なかなかできるものではありません。でも、天風によれば、いま、ここに「生きている」というだけでも、大きな感謝の対象になるというのです。



ここで天風の教えは非常に実践的です。感謝本位の生活を送るために、「三行」というものを提唱しています。すなわち、「正直」「親切」「愉快」に日々過ごしていくことです。この三つの行ないを実践することによって、感謝することが容易にできるようになっていくというのです。



以前、「引き寄せの法則」というものが流行しました。「成功したい」とか「お金持ちになりたい」とか「異性にモテたい」といったような露骨な欲望をかなえる法則です。しかし、いくら欲望を追求しても、人間は絶対に幸福にはなれません。なぜなら、欲望とは今の状態に満足していない「現状否定」であり、宇宙を呪うことに他ならないからです。



ならば、どうすればよいのか。「現状肯定」して、さらには「感謝」の心をもつことです。そうすれば、心は落ち着く。コップに半分入っている水を見て、「もう半分しかない」と思うのではなく、「まだ半分ある」と思うのです。さらには、そもそも水が与えられたこと自体に感謝するのです。大切なことは、「まだ半分ある」の向こうには、そもそも最初に水が与えられたこと自体に対して「ありがたい」と感謝する心があることです。「感謝」は「幸福」への入口なのです。



実際、多くの人々が「感謝」の心こそ、「幸福」への道だと言っています。その通りでしょう。そして「大自然に感謝すべし」とか、「宇宙に感謝すべし」という宗教家のメッセージもよく目や耳にします。まったくその通りだと思いますが、普通の人間がそこまでの達観することはなかなか難しいです。しかし、どこかで感謝のスイッチを入れて、心を「感謝モード」にすることが大切なのも事実。ならば、どうするか。



わたしは、心を「感謝モード」にする方法について、こう考えます。
わたしは会社を経営していますが、全社員の誕生日を祝っています。老若男女を問わず、誰にでも平等に毎年訪れる誕生日。誕生日を祝うということは、その人の存在すべてを全面的に肯定することで、まさにわが社のミッションである「人間尊重」そのものです。



わたしは、日頃の感謝の気持ちを込めて1500名を超える社員全員にバースデイカードとプレゼントを贈っています。毎日の各職場の朝礼において、誕生日を迎えた人にカードとプレゼントを渡し、職場の仲間全員で「おめでとうございます!」の声をかけて、拍手で祝うのです。社員の皆さんも喜んでくれているようですが、そのかわりにお願いをしました。それは、「誕生日には、ぜひ自分の両親に感謝していただきたい」というお願いです。



ヒトの赤ちゃんというのは自然界で最も弱い存在です。
馬の子は馬の子として、犬の子は犬の子として生まれてきますが、人間の子どもは人間として生まれてきません。自分では何もできない、きわめて無力な弱々しい生きものです。すべてを母親がケアしてあげなければ死んでしまいます。実に2年間もの長期にわたって、常に細心の注意で世話をしてやらなければ、放置しておくと死んでしまうのがヒトの赤ちゃんなのです。こんなに生命力の弱い生き物は他にありません。



わたしは、ずっと不思議に思っていました。「なぜ、こんな弱い生命種が滅亡せずに、現在まで残ってきたのだろうか?」と。そして、あるとき突如として、その謎が解明しました。それは、ヒトの母親が子どもを死なせないように必死になって育ててきたからです。
ある意味で、自然界においてヒトの子が最弱なら、ヒトの母は最強と言えるかもしれません。そして、その母子を大きく包んで、しっかりと守ってやるのが父親の役割です。誕生日とは、何よりも、命がけで自分を産んでくれたお母さん、そして自分を守ってくれたお父さんに対して感謝する日ではないでしょうか。



わたしは、自分の誕生日に両親に対して心からの感謝をすることこそ、感謝のサイクルに突入して、心を感謝モードにする第1スイッチであるような気がしてなりません。そして、両親への感謝から宇宙や自然や神仏への感謝につながってゆくのではないかと思います。
感謝の念は「ありがとう」という言葉に集約されます。



ヒューマンウェア研究所の所長である清水英雄氏によれば、この人生には1つのムダもマイナスもないといいます。起こっていることすべてには意味があり、みんな「有ること」が「難しい」ことに「当たる」から「有難当(ありがとう)」なのだというのです。この考えは、イトーヨーカ堂名誉会長である伊藤雅俊氏の商売哲学にも通じます。伊藤氏は、母親から「お客様は来て下さらないもの」「取引先は商品を卸して下さらないもの」「金融機関はお金を貸して下さらないもの」という教えを受けたそうです。



この世に「当たり前」は何1つとしてありません。すべてが「有り難い」ことなのです。たとえば、今は苦しくても、お店がまがりなりにもここまでやってこれたのは、「来て下さらない」はずのお客様がわざわざ買いに来てくださり、「商品を卸して下さらない」はずの取引先が卸して下さり、「お金を貸して下さらない」はずの金融機関が融資して下さった「有り難い」お力添えのお陰があったからこそなのです。



その「ありがとう」の根本がわかれば、自ずからお客様のため、地域のために役立つよう一生懸命働こうという気持ちになってきます。それがまたお客様や地域の人々の共感を呼び起こし、お店はますます繁盛へと好循環していくのです。
なお、「謝」については、『孔子とドラッカー 新装版』(三五館)に詳しく書きました。


孔子とドラッカー 新装版―ハートフル・マネジメント

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*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2015年10月26日 佐久間庸和