たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。
そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。
その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。
今回ご紹介するハートフル・キーワードは、「感」です。



EQマネジメントなる言葉をよく聞いたり、目にしたりします。
EQ(Emotionarl Intelligence  Quotient)は、企業や組織の成果を大きく左右するものとして、近年、大きな注目を集めている能力です。EQは「感情知能」「こころの知能指数」とも呼ばれていますが、わかりやすく言うと、「この人なら、信頼できる」「この人と一緒に仕事がしたい」と感じる人間的魅力と言い換えることができるでしょう。



人は論理だけでは動かないのです。EQの発揮は人間的魅力として行動に表われ、その人の周りには人材が集まり、組織のエネルギーを生み出し成果の出せる環境を作り上げます。「この人と仕事がしたい」「この人のために頑張りたい」。こう思わせる人の能力にはIQ(Intelligence Quotient)つまり知能指数だけでなく、EQという能力が大きく貢献しています。
一方で、知識が豊富でスキルが高いにもかかわらず、「この人とは仕事をしたくない」と感じたり、一緒に仕事をすることが苦痛だった経験は誰にもあるはずです。このようにIQがいくら高くても、EQの発揮が上手くできなければビジネスはもちろん、社会での成功は難しいと言えるでしょう。



EQ理論は1990年にアメリカで生まれたが、日本では、95年に刊行されたダニエル・ゴールマン著『EQ―こころの知能指数』がベストセラーになったことによって、一躍その名が広まりました。その頃、サンレーの専務だったわたしは一読して大変感銘を受け、早速、能力開発室内にEQプロジェクト室を設置して社内研修を進めたことを思い出します。
冠婚葬祭業やホテル業といったホスピタリティ・サービス業のみならず、あらゆるビジネスにおいても他人と接するのですから、こころの知能指数が求められるのは言うまでもありません。そして、その根底にあるものは各人の感性の豊かさであり、さらには五感をフルに使って生きているかということに尽きるのではないでしょうか。



説明するまでもなく、五感とは、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の5つの感覚器官を通して受ける感覚です。仏教では、眼・耳・鼻・舌・身の五識をいいます。五感を使うなどと言うと、「ふだん見たり、聞いたりしていることではないのか? 別に、ことさら問題にすることではない」と答える方も多いでしょう。しかし、果たして、わたしたちは本当に見ていて、見えているのでしょうか。あるいは、本当に聞いていて、聞こえているのでしょうか。



あなたは、自分の部下や後輩の顔にホクロがあることを覚えているでしょうか。顔の右にあるか、左にあるか、それとも額にあるか。毎日見ていてもわからないというのは、やはり見ていないのです。意識されないホクロは見えないのです。また、うわの空では、他人が何を言っても聞こえないでしょう。音としては、確かに聴覚に入ってきているのでしょうが、意識がこれをキャッチしていないのです。はっきり言って、こういう人はEQの低い人です。



「耳の聞こえない人が聞こえることに感謝し、目の見えない人が世界にある恵みを悟る」とは、かのヘレン・ケラーの言葉です。19世紀に「人間界の奇跡」と呼ばれた人物が世界に2人いました。1人は、最下層の階級から出てヨーロッパを支配したナポレオン・ボナパルト、そしてもう1人がヘレン・ケラーです。彼女は現象的には。見えない、聞こえない、話せないという三重苦の世界にいたのかもしれません。しかし、誰よりも豊かな心の世界に生きていたのです。



彼女はあるとき、森を散歩してきた友人に「何を見てきたの?」と尋ねました。ところが、その友人は「別に何も」という返事をするだけでした。彼女は驚きました。一体そんなことがあるのか、と。彼女は、“THREE DAYS TO SEE“という一文の中で、もし自分に三日間だけ「見る」ことが許されたら、何を見たいのか書いています。



それによると、まず初日には、アン・サリバン先生を見るそうです。
それはただサリバン先生の顔や姿を見るのではなく、先生の思いやり、やさしさ、忍耐強さといったものを読み取るために「じっと見る」のだといいます。また、赤ん坊、親しい人々を見て、さらに森を散歩して、沈む夕日を見て、祈るといいます。
2日目の早朝は、雄大な日の出を見て、さらに美術館で人間の歴史を眺めてみたいといいます。美術作品を通して、人間の魂を探りたいのです。そして夜には、すでに認識の上では「見た」ことのある映画や芝居を、本当に見てみたいというのです。
3日目、再び雄大な日の出から始まり、ニューヨークという活気ある街とそこで働く人々に目を向けます。橋・ボート・高層ビルを見て、ウインドウ・ショッピングを楽しむ。そして夜は、再び劇場で人生ドラマを楽しみたいといいます。



ヘレン・ケラーのこの切ない願いを知って、みなさんはどのようにお感じでしょうか。わたしは、泣けて仕方がありませんでした。自分が五感で何も感じていないことを心から深く反省しました。わたしたちは、3日間といわず、何日間でも目が見えるのです。見えることが、かえって見えることの素晴らしさを忘れさせていることは事実でしょう。
しかし、せっかく見えるのです! 聞こえるのです! 
このことに素直に感謝し、上司や先輩の、部下や後輩の、何よりお客様の顔をもう一度見て、声をもう一度聞いてみましょう。もう一度、すべてのことを感じてみようではありませんか。
なお、「感」については、『孔子とドラッカー 新装版』(三五館)に詳しく書きました。


孔子とドラッカー 新装版―ハートフル・マネジメント

孔子とドラッカー 新装版―ハートフル・マネジメント

*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2015年10月25日 佐久間庸和