ドイツ人青年との対話


今日の午後、高校の同級生であるトップ保険サービスの野嶋康敬社長がサンレー本社を訪ねてきてくれました。彼は、一緒に1人の若者を連れてきてくれました。
マティアス・ドレース(Matthias Drees)さんという、26歳の保険マンです。


マティアス・ドレースさん



ドレースさんはドイツのミュンヘン生まれで、イギリスのケンブリッジ大学と日本の早稲田大学を卒業しています。早稲田の先輩にあたるわたしに紹介するために野嶋社長が連れてきてくれました。ドレースさんは東京海上日動火災保険の社員なのですが、同社の本社に入社した外国人社員は今年は3名で、うち2名は中国人だそうです。そして、同社の優良代理店であるトップ保険サービスに1週間の研修に来ているというわけです。



わたしは、ドレースさんの日本語が非常に流暢なので驚きました。
聞くと、川端康成の『雪国』を読んで日本文化に興味を抱いたとのこと。
わたしは、「他に日本人の作家は知っていますか?」と彼に質問しました。
すると、「村上春樹夏目漱石です」という答えが返ってきました。
わたしは、漱石と並ぶ明治の文豪である森鷗外の話をしました。
鷗外はベルリンに留学して、そこでエリスというドイツ人女性と恋に落ちたこと。その実話がもとになって名作『舞姫』が書かれたこと。プロイセンの軍人であったクラウゼヴィッツの『戦争論』を小倉時代の鷗外が翻訳していること・・・・・。
そんなことを話したところ、ドレースさんはとても興味深そうに聞いていました。


野嶋社長、ドレースさんと3人で



野嶋社長がドレースさんに「何か、他に聞きたいことはないの?せっかくの機会だから、何でも質問してみたら・・・」と言ったところ、ドレースさんはわたしに「人が死んだらどうなるのですか?天国に行くのですか?」と聞いてきました。
わたしは、「いきなり、すごい質問だな」と内心思いながらも「死後の世界は光の世界だと思う。そして、そこに出現する世界は、亡くなった人が持っていたイメージが反映されると思う」と答えました。「死後の世界とはイメージ・アートである」というのがわたしの持論ですが、キリスト教徒なら天国に、仏教徒なら浄土に、無神論者なら「からっぽの世界」に行くのではないでしょうか。そして、人が生前に本を読んだり、芸術に触れたり、旅をしたりするのは、少しでも死後の世界を美しく豊かにするためのイメージを溜めているのだと思います。
わたしがそんなことを言うと、クリスチャンであるドレースさんは非常に驚いた様子で「そんな考えは生まれて初めて聞きました。すごいですね!」と興奮気味に言いました。



また、宗教の違いについても話題になりましたが、わたしは「宗教や信仰は違っても、亡くなった人と“また会える”ということは共通している」と言いました。世界中の別れの挨拶はすべて「また会いましょう」という意味だし、天国で会えるにしろ、生まれ変わって会えるにしろ、千の風になって会えるにしろ、いずれにしても亡くなった人とはまた再会できるのだと語りました。彼は神妙な顔をしてうなずいていました。わたしは、彼に『また会えるから』と『愛する人を亡くした人へ』(ともに現代書林)の2冊をプレゼントしました。なにしろ『雪国』が読めるぐらいですから、この2冊は簡単に読めることでしょう。



さらに、彼は「どうして、今のお仕事に就かれたのですか?」と質問してきました。
わたしは、「もともと家業ではあるが、冠婚葬祭業やホテル業というホスピタリティ産業は自分の天職だと心の底から思っている」と言いました。
すると、「ホスピタリティということで、一番大切なことは何でしょうか」と訊ねてきました。



「よく質問する青年だな」と内心思いながらも、わたしは「それは相手の名前を尊重すること。“お客様”ではなく、“○○様”と名前をお呼びする。葬儀においても、参列者のいない孤独葬などの場合は故人の名前をわれわれが記憶にとどめる。わたしは、社員の誕生日にはその人の名前を記した直筆のバースデーカードを贈っています」と答えました。



彼は、わたしの話をうなずきながら真剣な表情で聞いてくれました。
ドレースさん、今日はお会いできて、とても嬉しかったです。あなたが新時代の保険マンとして、日本とドイツも超えてグローバルに活躍する日を楽しみにしています!



*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2013年6月13日 佐久間庸和