たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。
そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。
その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。
今回ご紹介するハートフル・キーワードは、「法」です。




企業の相次ぐ不祥事で、法律遵守の重要性が叫ばれ、「コンプライアンス」が時代のキーワードになっています。日本は法治国家ですが、現実世界において最も影響力のあるものは法律かもしれません。「法」というコンセプトをよりよく理解するためには、儒教の人間尊重思想である「礼」というコンセプトと対比するとよいでしょう。



孟子は、人間はもともと良い性質を持っているのだという性善説を唱えました。それに対して荀子は、人間の本性は悪であって、善というのは「偽り」であるとの性悪説を主張しました。ここで言う「偽り」は、現在のわたしたちが言う「偽」ではなく、ニンベン(つまり、人)にタメ(為)と書く「人為」、つまり後天的という意味です。先天的には人間の性は悪であるけれども、後天的に良くなるのだというのです。そこで悪を抑えるものとしての「法」が重視されるわけです。



荀子の門下からいろいろな弟子が出ました。『韓非子』の韓非や秦の政治を支えた宰相の李斯などが有名です。もともと秦には法家の伝統がありました。商鞅が法律万能、厳罰主義を政治の基本とし、それで秦が強くなったことはよく知られています。秦にはもともと法家の説に基づいて政治をやってきたという伝統があり、李斯はその伝統にしたがって秦の政治に携わったわけです。もとより始皇帝その人自身が焚書坑儒で知られるように徹底した儒教嫌いであり、「礼」よりも「法」を好んだのは当然でしょう。



法による政治で中国を統一したものの、秦はわずか14年しか存続しませんでした。その反対に長きにわたって繁栄したのがローマ帝国です。東ローマ帝国の滅亡まで、実に1500年以上も続いています。このローマ帝国も「法」によって治められていました。世界中に影響を与えたローマ法は有名ですが、初代皇帝アウグストゥスが何よりも「法」を重んじたのです。



たとえば、ローマ帝国で深刻な問題となっていた離婚と少子化を食い止めるために、彼は2つの法律を成立させて、これらを見事に減少させています。
作家の塩野七生氏は、「古代の西欧世界において人間の行動原理の正し手を、ユダヤ人は宗教に、ギリシャ人は哲学に、そしてローマ人は法律に求めた」と述べています。ローマ人は、現実世界に対する法律の影響力の大きさを証明したと言えるでしょう。



法律といえば、わたしはよく司法修習生の方々を前に講演します。そこで、わたしは、法律的には許されても、人間として許されないことがあると述べます。酒気帯び検査を切り抜けたからといって、飲酒運転は絶対に許されません。相手が泣き寝入りしようが、セクハラを許してはなりません。結局は、法律とは別に「人の道」としての倫理があり、それこそが「礼」なのです。



最後は、「よく学び法を修めし人なれば 礼も修めて鬼に金棒」との歌を詠み、司法修習生たちに贈ります。現実世界における法律の影響力を知らなければなりません。
しかしながら、最も大切なのは「礼」と「法」のバランス感覚なのです。
なお、「法」については、『龍馬とカエサル』(三五館)に詳しく書きました。


龍馬とカエサル―ハートフル・リーダーシップの研究

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*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2016年6月2日 佐久間庸和