たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。
そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。
その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。
今回ご紹介するハートフル・キーワードは、「怒」です。




意外に思うかもしれませんが、リーダーシップにとって怒りは重要な要素です。
古代ギリシャの哲学者アリストテレスはアレクサンダーの家庭教師を務めたとき、効果的な指導に役立ついくつかの原則を教えました。アリストテレスによれば、威圧的なスタイルの場合、リーダーは「正しい相手に対して、正しい方法で、正しい時に、正しい理由で怒る人」でなければならないといいます。



紀元前333年にイッソスの戦いでペルシャ王ダレイオスを破った直後は、アレクサンダーが最も優れた司令官ぶりを発揮した時期でした。例えば、ダレイオスがペルシャ西部の土地をアレクサンダーに差し出すと言ってきましたが、その土地はすでにアレクサンダーのものになっていました。



アレクサンダーは、ダレイオスに「今後、使いを寄越す時にはいつも、全アジアの王としての私に使者を送り、対等の立場で希望を述べてはならない。ただし、必要なものがあれば、ペルシャの全領土を支配する私に申し出るように」と書きました。そして、それに従わなければ、普通の犯罪者と同じように追求する、と威嚇しました。彼はダレイオスに、誰が勝者で誰が敗者かを忘れているのではないかと諭したのです。そして、勝者がどちらかについて誤解しているのであれば、喜んで再び一戦を交えようとも言いました。ダレイオスが震えあがったのは言うまでもありません。



西ドイツの首相であったアデナウアーが、アメリカのアイゼンハウアー大統領に会ったとき、「怒りを持たなくてはいけない」と言ったといいます。
多くの政治家を指導した安岡正篤も、リーダーには怒りが必要と言っています。
もちろん怒るといっても、下らない私憤から出る怒りではありません。
人間の良心から出る、民族で言うならば民族精神・民族的良心・民族的道心から発する怒りです。時局に限らずすべてのことに阿って、私心・私欲を欲しいままにしようとする佞人・奸人に対して、佞策・奸策に対して、良心から慨然として怒りを発します。



詩経』に「文王赫怒」という名高い言葉があります。殷の末、紂王を中心にして政治が極度し頽廃し堕落して、人民が苦しんでいた時に、文王はその暴政に対して赫然として怒りを発して決起しました。そうして百姓は救われることができたのです。
ですから、一国の首相は首相としての怒りを、会社の社長は社長としての怒りを持たなくては、本当に力強い経営はできないと言ってよいでしょう。



ましてや難局に直面し、難しい問題が山積しているとき、リーダーはすべからく私憤にかられず私情にかられず、公のための怒りをもって事に当たらなければならないのです。
なお、「妬」については、『龍馬とカエサル』(三五館)に詳しく書きました。


龍馬とカエサル―ハートフル・リーダーシップの研究

龍馬とカエサル―ハートフル・リーダーシップの研究

*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2016年3月14日 佐久間庸和