冠婚責任者会議

9月3日、サンレーグループ冠婚責任者会議が開催されました。
会場は、松柏園ホテルバンケットTHE JEWEL BOX」でした。
各地から、わが社の誇る“むすびびと”たちが集結しました。


冠婚責任者会議のようす



まず、わたしは「和婚」の素晴らしさについて話しました。
5月27日、高円宮家の次女である典子さまと、出雲大社神職である千家国麿さんとの婚約が内定しました。千家は代々、出雲大社の神事を司る「出雲国造」という役職を務めてきた家柄です。「古事記」「日本書紀」にある高天原から大国主神の下に遣わされた神「天穂日命(あめのほひのみこと)」を祖とします。その天穂日命は、天照大神の次男です。天照大神天皇家を初めとする皇室の先祖としても知られています。つまり、典子さまと千家さんは、はるか昔の先祖を同じくするカップルなのです。


「和婚」について話しました


出雲国造は、もともと古代出雲の豪族です。現在の千家尊祐宮司は第84代出雲国造となります。 出雲大社に皇族をお迎えすることについての気持ちを問われて、千家さんは「大変畏れ多く光栄に思っています。私どもの家の初代が、皇祖・天照大神の次男と伝えられています。2000年を超える時を経て、今こうして今日という日を迎えたということに深いご縁を感じています」と答えています。 「2000年を超える時を経て・・・」という表現がドラマティックであり、かつロマンティックですね。 「ロマンティック」といえば、出雲大社は「縁結びの神様」として知られます。お二人の婚礼は、今秋に出雲大社で行わるそうですが、まさに「和婚」という言葉にぴったりの儀式となることでしょう。
「和婚」の和は「和風」の和であると同時に「平和」の和です。


「和」は日本文化のキーワードです



「和」は、日本文化を理解する上でのキーワードです。
陽明学者の安岡正篤によれば、日本の歴史を見ると、日本には断層がないことがわかるといいます。文化的にも非常に渾然として融和しているのです。
征服・被征服の関係においてもそうです。諸外国の歴史を見ると、征服者と被征服者との間には越えることのできない壁、断層がいまだにあります。しかし日本には、文化と文化の断層というものがありません。早い話が、天孫民族と出雲民族とを見てみると、もう非常に早くから融和してしまっているというのです。今は亡き安岡正篤も、今回の天皇家婚約と出雲国造家の婚約を知れば大いに納得したことでしょう。



さらに、わたしは「結婚は最高の平和である」という信条を持っています。 いつもこの言葉を結婚する若い二人に贈っています。実際、結婚ほど平和な出来事はありません。人と人とがいがみ合う、それが発展すれば喧嘩になり、それぞれ仲間を集めて抗争となり、さらには9・11同時多発テロのような悲劇を引き起こし、最終的には戦争へと至ってしまいます。 逆に、まったくの赤の他人同士であるのもかかわらず、人と人とが認め合い、愛し合い、ともに人生を歩んでいくことを誓い合う結婚とは究極の平和であると言えないでしょうか。



結婚は最高に平和な「出来事」であり、「戦争」に対して唯一の反対概念になるのです。そして、結婚という「最高の平和」を司るにふさわしい宗教といえば、なんといっても神道でしょう。八百万の神々をいただく多神教としての神道のよさは、他の宗教を認め、共存していけるところにあります。自分だけを絶対視しない。自己を絶対的中心とはしない。根本的に開かれていて寛容である。他者に対する畏敬の念を持っている。神道のこういった平和的側面は、そのまま結婚生活に必要なものではないでしょうか。 結婚という人間界最高の平和と、神道という平和宗教とは基本的に相性がいいのです。


「産霊」について語りました



それから、わたしは結婚式をはじめとした冠婚葬祭の意義について話しました。
冠婚葬祭がなかったら、人類はとうの昔に滅亡していたのではないかと思うのです。
わが社の社名である「サンレー」には「産霊(むすび)」という意味があります。神道の言葉ですが、新郎新婦という二つの「いのち」の結びつきによって、子どもという新しい「いのち」を産むということですね。「むすび」によって生まれるものこそ、「むすこ」であり、「むすめ」です。結婚式の存在によって、人類は綿々と続いてきたと言ってよいでしょう。
ブログ「日本人の結婚式」で紹介したように、長野県小谷村大綱の結婚式のようすを参加者全員でDVDで見ました。それは、限界集落に生きる30代の男女の結婚式の一部始終を記録した映像でしたが、2人の和服姿が凛々しく、また神社での結婚式は荘厳でした。



現在、「Japanese Traditional Wedding//Kenichi&Ayaka」として、YouTubeで観ることができます。その「概説」には「長野県小谷村にある人口の7割が65才以上の限界集落大網地区。大網に生きて行こうと­決心した二人の門出を撮影しました。装飾は仲間たちが、料理は地元のおばちゃん達が作り、姫川太鼓が鳴り響き、村を行列す­る日本の古き良き結婚式です」と書かれています。


「日本人の結婚式」の動画を流しました


わたしは、この動画を何度も観ながら、ブログ「素晴らしき和婚」にも書いたように、やはり「日本人には和が似合う」と痛感しました。この手作り結婚式のような「温かさ」をホテルや結婚式場での結婚式が持つことは難しいでしょう。でも、ブライダル産業に携わるすべての者は、このような「温かさ」を忘れてはいけないと思います。
それにしても、日本の結婚式って、こんなにも美しかったのですね!
この動画は2013年1月1日に公開されましたが、ヤフーの映像トピックスでも取り上げられ、多くの人の目に触れたようです。



「むすび」という語の初出は日本最古の文献『古事記』においてです。冒頭の天地開闢神話には二柱の「むすび」の神々が登場します。八百万の神々の中でも、まず最初に天之御中主神高御産巣日神神産巣日神の三柱の神が登場しますが、そのうちの二柱が「むすび」の神です。『古事記』は「むすび」の神をきわめて重要視しているのです。
大著『古事記伝』を著わした国学者本居宣長は、「むすび」を「物の成出る」さまを言うと考えていました。「産霊」は「物を生成することの霊異なる神霊」を指します。つまるところ、「産霊」とは自然の生成力をいうのです。



それから、わたしは最近の大発見について話しました。
それは、「結婚式は結婚よりも先にあった」という発見です。
一般に、多くの人は、結婚をするカップルが先にあって、それから結婚式をするのだと思っているのではないでしょうか。でも、そうではないのです。『古事記』では、イザナギイザナミはまず結婚式をしてから夫婦になっています。つまり、結婚よりも結婚式のほうが優先しているのです。他の民族の神話を見ても、そうでした。すべて、結婚式があって、その後に最初の夫婦が誕生しています。結婚式の存在が結婚という社会制度を誕生させ、結果として夫婦を生んできたのです。ですから、結婚式をしていないカップルは夫婦にはなれないのです。そんなことを話したら、みんな驚きながらも納得していました。



最後に、わたしは「祭り」について語りました。祭りの中に、日本人の日々の暮らしの祈りや願いや感謝の「かたち」がこめられています。「祭りのない神道はない」という言葉がありますが、それはそのような生活に宿る神道の姿を重視しているのでしょう。
日本文化のキーワードともいえる「祭り」とは何でしょうか。
バク転神道ソングライター」こと宗教哲学者の鎌田東二氏によれば、祭りとは自然と人間と神々との間の調和をはかり、その調和に対する感謝を表明する儀式であるといいます。


「祭り」の4つの意味を話しました



祭りには4つの意味があります。第1に、神の訪れを待つこと。第2に、お供え物を奉ること。第3に、その威力を道にまつろうこと。第4に、神と自然と人間との間に真釣りが、すなわち真の釣り合い・バランス・調和がうまれること。だから祭りのない神道はありえないし、神道の精神と具体的な実践は、大は国家の祭礼や祭典から、中は町や村といった共同体の祭り、そして小は各家々の祭りに至るまで、さまざまな祭りを通して表わされることになるのです。


懇親会の冒頭で挨拶する佐久間会長



社長訓話が終わった後は、懇親会が開かれました。
最初に佐久間会長が挨拶し、「いま、わが社では冠婚部門よりも葬祭部門のほうが比重が大きくなる一方です。なんとか、みなさんも知恵を絞って努力して、冠婚部門を盛り上げていただきたい」と述べました。続いて、わたしも「わが社においても『真釣り』を実現していただきたい。事業の良きバランスを図りましょう」と挨拶しました。それから、橋本洋介常務の発声で乾杯しました。


松柏園の氷の「お造り」



懇親会は大いに盛り上がりましたが、みんな松柏園の料理の素晴らしさに感嘆の声を上げていました。たとえば今夜の『お造り』の皿は氷で出来ていましたが、本当に見事でした。わたしも日本全国のホテルや結婚式場や料理屋さんなどでさまざまな料理を食べますが、身内のひいき目抜きに松柏園の料理は美味しいと思います。それは、胸を張って言えます。


大塚事業部長による中締めの挨拶



懇親会の最後は、大分事業部の大塚事業部長によって中締めの挨拶がされました。
大塚事業部長は、サンレー名物の「和のこえ」を行いました。
全員で手をつないで「がんばろう!」を3回唱和しながら両手を上下に動かします。
今では、すっかりサンレー名物となりました。非常に盛り上がります。


サンレー名物の「和のこえ」のようす



今から40年以上も前に、北九州に中曽根康弘大勲位が来られたとき、わが社の佐久間進会長が演説の後に、みんなで手を組んで「和のこえ」を行ったそうです。それ以来、中曽根大勲位はお会いするたびに、「あのときの盛り上がりは素晴らしかったね」と言われたそうです。思えば、中曽根通産大臣時代に、冠婚葬祭互助会の法制化が成立したのでした。
この「和のこえ」をやると、本当にその場にいる人々の心が一体となります。
ぜひ、大いに「和のこえ」を広めたいものでごわす。
懇親会の終了後は、松柏園のラウンジで二次会が開かれました。
今夜は、全国の仲間と一緒に美味しいお酒を飲むことができました。



*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2014年9月4日 佐久間庸和