経理責任者会議

15日、東京から北九州に戻りました。数日前から首の調子がどうも良くありません。
寝違えたというか、首を回すと痛いのです。「借金で首が回らなくなったかな?」とも思いましたが、現在のわが社はほぼ無借金なので、そんなはずもありません。それで北九州空港に到着すると、そのまま整体治療院を訪れて治療してもらいました。それから松柏園ホテルへ向かい、サンレーグループの全国経理責任者会議の懇親会に出席しました。


最初は一同礼!

社長訓話のようす



翌16日の11時から、サンレー本社の会議室で社長訓話を行いました。
最初に、「オックスフォード大学が大胆な予測を発表・・・10年から20年後、約47%の人の仕事がなくなる!?」という興味深いネット記事の内容を紹介しました。
オックスフォード大学のオズボーン准教授は、「技術の進歩がめざましい機械による自動化によって、どのぐらい人間の仕事が奪われてしまうのか」ということを分析しました。その結果、今後10年から20年ほどで約半数の仕事が自動化されるリスクが高いという結論が出ました。特に、以下の仕事は90%以上の確率でなくなるといいます。すなわち、銀行の融資担当者 、電話オペレーター 、レジ係 、ネイリスト、弁護士助手(パラリーガル)、ホテルの受付、 税務申告の代行者、 簿記・会計の事務員、 不動産ブローカー、 動物のブリーダー、 時計修理屋、 図書館の補助員、 塗装・壁紙張り、 造園・用地管理の作業員 などの仕事です。


47%の仕事が消える!

仕事の価値を大きく下げる3つの原因



しかし、わたしは「冠婚葬祭の仕事がなくなることはない」と言いました。なぜなら、わたしたちは儀式産業ですが、儀式とは人類で最も古い営みであり、かつ現在にまで続く普遍的な営みであるからです。もちろん、儀式も時代によってアップデートし、変化はしていきますが・・・。
わたしは、もうすぐ刊行予定である島田裕巳氏との共著『葬式に迷う日本人』(三五館)および『儀式論』(弘文堂)の内容に言及しながら、日本人の儀式について話しました。親に限らず、愛する肉親の葬儀をきちんとあげることは、人間として当然のことであることは言うまでもありません。きちんと冠婚葬祭という儀式を行うことが、きちんと人生を送ることにつながるのです。いま、改めて「儀式とは何ぞや」を問わねば、日本という国、日本人という民族は取り返しのつかない「奈落の底」に堕ち、人類社会からドロップアウトしてしまいます。


冠婚葬祭業はなくならない!

花形産業の変遷について



わたしは、就職活動中の学生を対象に講演する機会があります。学生さんたちに、どういう業界や会社をめざしているのかと聞くと、現時点で一番栄えている企業、脚光を浴びている企業が常に上位を占めていることに気づきます。そうした傾向は今に始まったことではありません。  
たとえば、昭和20年代に大学を卒業した人々は、砂糖、石炭、合繊などの分野の企業への志望が多かったといいます。そして有名大学を出た天下の秀才たちが入りました。30年代に入ると、鉄鋼や造船といった重工業に人気が集まりました。40年代には銀行や商社などが、50年代になると、それまでは低く見られていた保険や証券などの業界が、高額のボーナスなどの魅力もあって、名門大学出の秀才たちが続々と就職し始めました。しかし時代の変化とともに、かつての花形産業は次々に勢いを失っていった。当時、最難関の会社に意気揚々と入った人々は、その後サラリーマンとしてあまり充実感が味わえなかった人も多かったはずです。


人類社会の流れ



わたしは、「人類社会の流れ」について話しました。
人類はこれまで、農業化、工業化、情報化という三度の大きな変革を経験してきました。それらの変革は、それぞれ農業革命、産業革命、情報革命と呼ばれます。第三の情報革命とは、情報処理と情報通信の分野で の化学技術の飛躍が引き金となった工業社会から情報社会への社会構造の革命で、そのスピードはインターネットの登場によって加速する一方です。そして、「情報化」からは「ソフト化」という社会のトレンドを表す新しいキーワードも 生まれました。
しかし、わたしは1988年に上梓した処女作『ハートフルに遊ぶ』(東急エージェンシー)において、時代はすでに「ソフト化」から「ハート化」 へと移行しているのではないかと述べました。 ハート化社会とは、人間の心というものが最大の価値を持つ社会のことです。



われわれの直接の祖先をクロマニョン人などの後期石器時代の狩猟や採集中心の生活をしていた人類とすれば 、狩猟採集社会は数万年という単位で農業社会に移行したことになります。そして、農業社会は数千年という単位で工業社会に転換し、さらに工業社会は数百年という単位で 20世紀の中頃に情報社会へ転進したわけです。それぞれの社会革命ごとに持続する期間が一桁ずつ短縮 しているわけで、すでに数十年を経過した情報社会が第四の社会革命を迎えようとしていると想定することは自然であると言えるでしょう。現代社会はまさに、情報社会がさらに高度な心の社会に変化しつつある「ハート化社会」なのではないでしょうか。
そして、ハート化社会の行き着く先には「心の社会」があります。


「情報」とは何か?



もう何十年も前から「情報化社会」が叫ばれてきましたが、疑いもなく、現代は高度情報社会そのものです。経営学ピーター・ドラッカー(1909〜2005)は、早くから社会の「情報化」を唱え、後のIT革命を予言していました。ITとは、インフォメーション・テクノロジーの略です。ITで重要なのは、もちろんI(情報)であって、T(技術)ではありません。
その情報にしても、技術、つまりコンピュータから出てくるものは、過去のものにすぎません。ドラッカーは、IT革命の本当の主役はまだ現われていないと言いました。
では、本当の主役、本当の情報とは何でしょうか。日本語で「情報」とは、「情」を「報(しら)」せるということ。「情」は現在では「なさけ」と読むのが一般的ですが、『万葉集』などでは「こころ」と読まれています。わが国の古代人たちは、「こころ」という平仮名に「心」ではなく「情」という漢字を当てたのです。求愛の歌、死者を悼む歌などで、自らのこころを報せたもの、それが『万葉集』だったのです。


「情報」の真の意味について



すなわち、情報の情とは、心の働きにほかなりません。
本来の意味の情報とは、心の働きを相手に報せることなのです。
では、心の働きとは何か。それは、「思いやり」「感謝」「感動」「癒し」といったものです。
そして、真の情報産業とは、けっしてIT産業のことではなく、ポジティブな心の働きをお客様に伝える産業、つまりは冠婚葬祭業に代表されるホスピタリティ・サービス業のことなのです。
ハートフル・ソサエティ』(三五館)で述べたように、わたしは、次なる社会は人間の心が最大の価値をもつ「ハートフル・ソサエティ」であると思います。


ハートフル・ソサエティは「リアル情報社会」だ!



ハートフル・ソサエティは「ポスト情報社会」などではなく、新しい、かつ本当の意味での「リアル情報社会」です。そこでは、特に「思いやり」が最重要情報となります。
仏教の「慈悲」、儒教の「仁」、キリスト教の「隣人愛」をはじめ、すべての人類を幸福にするための思想における最大公約数とは、おそらく「思いやり」という一語に集約されるでしょう。「心の社会」としてのハートフル・ソサエティとは「思いやり社会」の別名です。そして、「思いやり」を形にしたものこそ東洋の「礼」であり西洋の「ホスピタリティ」なのです。


第7次産業としてのハートビジネス



ハートビジネスは、これからのハート化社会において産業の主流となってゆきます。
ハートビジネスには さまざまな業種がありますが、現在、「第3次産業」としてひととくくりにされています。 しかし、この第3次産業という概念は経済学者コーリン・クラークが1940年代に提案したものであり、時代遅れ以外の何ものでもありません。現在の産業は7つのレベルで分類するとわかりやすいでしょう。第1次と第2次は従来通りとして、第3次は手や足などによる「筋肉サービス」で、代表的な業種は洗濯業 、宅配業、運送業など。第4次は、いわゆる装置産業で、知恵によって開発して筋肉によって保守などをする 「複合サービス」。金融機関、私鉄、貸しビル、不動産業などがこれに含まれます。 第5次は「知恵のサービス」で、教師、コンサルタント、システム、エンジニアなど。マスコミやシンクタンクもここに入ります。第6次は「情緒サービス」で、レジャー施設業、映画会社、劇団、芸術家など。そして第7次が「精神サービス」で、冠婚葬祭業 、神社、寺院、教会などが含まれます。
つまり、高次の産業になればなるほど付加価値が高くなるわけです。


冠婚葬祭業は「精神サービス」業の中核だ!



冠婚葬祭業は、第七次産業の中核をなす精神サービス産業です。
いま、日本人に広く儀式を提供する冠婚葬祭互助会の社会的役割と使命が問われています。たしかに、互助会というビジネスモデルが大きな過渡期にさしかかっていることは事実でしょう。その上で、わたしは、互助会の役割とは「良い人間関係づくりのお手伝いをすること」、そして使命とは「冠婚葬祭サービスの提供によって、たくさんの見えない縁を可視化すること」に尽きると考えます。そして、「縁って有難いなあ。家族って良いなあ」と思っていただくには、わたしたちのような冠婚葬祭業者が参列者に心からの感動を与えられる素晴らしい結婚式や葬儀を提供していくことが最も重要であると思います。


「もてなし」「祝い」「弔い」「癒し」



「こころの社会」の聖典ともいえる『論語』には、「もてなし」「祝い」「弔い」「癒し」といった営みの意味が説かれています。そして、それはそのまま冠婚葬祭互助会業界の本業にほかなりません。互助会が儀式をしっかりと提供し、さらには「隣人祭り」などの新しい社会的価値を創造するイノベーションに取り組めば、無縁社会を克服することもできるはずです。
「豊かな人間関係」こそは冠婚葬祭事業のインフラであり、互助会は「有縁社会」を再構築する力を持っています。これからの時代、互助会の持つ社会的使命はますます大きくなると確信します。人間は神話と儀式を必要としています。今日は、そんな話をしました。
参加者はみんな、こちらが怖くなるような真剣な表情で話を聴き、熱心にメモを取っていました。訓話後は、昼食会です。みんなで松柏園の美味しい松花堂弁当をいただきました。


最後はもちろん一同礼!

昼食会で「いただきます!」

これがサンレー流コンパだ!!(昨夜の二次会)



*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2016年9月16日 佐久間庸和