メーテルリンク(1)


祈りすることは思い出すこと




言葉は、人生をも変えうる力を持っています。
今回の名言は、ベルギーの作家モーリス・メーテルリンクの言葉です。
ノーベル文学賞も受賞した彼は、有名な『青い鳥』という戯曲を書き残しています。
幸せの青い鳥を探して旅をするチルチルとミチルの物語です。


青い鳥 (新潮文庫)

青い鳥 (新潮文庫)


わたしは、『青い鳥』とは臨死体験の物語であると思っています。
そして、そこには「死者のことを思うことが、死者との結びつきを強める」というメッセージが込められているとも思います。
青い鳥を求めて、チルチルとミチルが訪れた「思い出の国」は、濃い霧の向こう側にありました。そこは、乳色の鈍い光が一面にただよう死者の国です。この「思い出の国」で、チルチルとミチルのは亡くなった祖父と祖母に再会します。



おばあさん  わたしたちはいつでもここにいて、生きてる人たちがちょっとでも会いにきてくれるのを待ってるんだよ。
         でも、みんなほんのたまにしかきてくれないからね。
         お前たちが最後にきたのは、あれはいつだったかね? 
         ああ、あれは万聖節のときだったね。あのときはお寺の鐘がなって……。
チルチル   万聖節のとき? ぼくたちあの日は出かけなかったよ。だって、ひどい風邪で寝てたんだもの。
おばあさん  でも、お前たちあの日わたしたちのこと思い出したろう?
チルチル   ええ。
おばあさん  それごらん。わたしたちのことを思い出してくれるだけでいいのだよ。
         そうすれば、いつでもわたしたちは目がさめて、お前たちに会うことができるのだよ。
チルチル   なあんだ。それだけでいいのか。
おばあさん  でも、お前、それぐらいのこと知っておいでだろう?
チルチル   ううん、ぼく知らなかったよ。
おばあさん  (おじいさんに)まあ、驚きましたね。あちらではまだ知らないなんて。きっと、みんななにも知らないんですねえ。
おじいさん  わしたちのころと変りはないのさ。 
         生きてる人たちというものはほかの世界のこととなると、全くばかげたことをいうからなあ。
チルチル   おじいさんたちいつでも眠ってるの?
おじいさん  そうだよ。随分よく眠るよ。そして生きてる人たちが思い出してくれて、目がさめるのを待ってるんだよ。
         生涯をおえて眠るということはよいことだよ。
         だが、ときどき目がさめるのもなかなか楽しみなものだがね。
チルチル   じゃ、おじいさんたち本当に死んでるんじゃないんだね?
おじいさん  (びっくりして)なんだって? 今なんていったね? 
         どうもお前たちは、わしたちの知らない言葉を使うねえ。
         それは新しい言葉かね? 新しく発明されたのかね?
ミチル     「死ぬ」っていうこと?
おじいさん  それそれ、その言葉だよ。どういう意味なんだね?
チルチル   ねえ、人がもう生きてないということなんだよ。
おじいさん  あちらの人たちはばかだねえ。
チルチル   ここはいいところなの?
おじいさん  ああ、悪くないよ。そしてみんながお祈りしてくれるとなおいいのだがね。
チルチル   でも、とうさんがもうお祈りするなといったよ。
おじいさん  それはちがう。それはちがう。お祈りすることは思い出すことだがねえ。
堀口大學訳)



自身が偉大な神秘主義者であったとされるメーテルリンクも、死者を思い出すことによって、生者は死者と会えると主張しているのです。メーテルリンクの時代は、世界的に「スピリチュアリズム」と呼ばれる心霊主義が流行していた時期でした。あちらこちらで死者の霊と会話をするという交霊会が開催されましたが、彼は霊媒や催眠術まで詳しく検証しています。さらには、現代のホスピスにおけるターミナルケアまで予見していたのです。 
なお、今回のメーテルリンクの言葉は『ロマンティック・デス〜月を見よ、死を想え』(幻冬舎文庫)および『涙は世界で一番小さな海』(三五館)にも登場します。


ロマンティック・デス―月を見よ、死を想え (幻冬舎文庫)

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涙は世界で一番小さな海―「幸福」と「死」を考える、大人の童話の読み方

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*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2013年7月12日 佐久間庸和