世の中の人は何とも云わば云え、
わがなすことはわれのみぞ知る
言葉は、人生をも変えうる力を持っています。
今回の名言は、明治維新のスイッチャーとされる坂本龍馬の言葉です。
龍馬は幼少のとき、コンプレックスの塊であったといいます。自分は頭が悪いと信じていたのです。これは子どもの頃の塾の先生によって植えつけられました。先生が龍馬の物覚えの悪さに驚き、「とても預かることができない」と教授を断ってきたほどだったのです。
龍馬の器量は、なまじの教師ではとても推し量ることができなかったわけです。しかし、このとき少年の心には劣等感が芽生え、周囲の軽蔑の視線が痛いほど突き刺さってきました。
龍馬は「自力」でそこから脱出してゆきます。その方法は明快でした。14歳から剣術を学びましたが、そこで頭角を現したのです。自分には何一つできないと思っていた少年がはじめて一つのことに夢中になりました。一生懸命に稽古すればするほど上達することで、達成感を得ました。それで「自信」を取り戻し、顔つきまで変わっていったのです。
ひとたび自信を得た龍馬は、十八歳のとき、「世の中の人は何とも云わば云え、わがなすことはわれのみぞ知る」という歌を詠んでいます。かつて劣等感に苦しんだ少年が、これほど自信に満ちあふれた若者に成長したのです。しかし、剣という一芸で秀でた人間は、その一芸の固執することで「自家中毒」になる幣に陥りやすいものです。
龍馬は意識してそれを避け、狭量になることを防ぎました。
自分の芸によって身動きがとれず時代遅れの頑固者になることを怖れ、秀才だった親友の武市半平太に学問を習ったのです。
武市は中国の史書『資治通鑑』を学ぶことを薦めました。まずは読み方から始めましたが、龍馬の読み方は目茶苦茶でした。しかし、意味を尋ねると、しっかり把握していたといいます。同じような話が蘭学をかじったときにもありました。オランダ語の法律書を十分に読めないのに、先生の間違いを的確に指摘したのです。龍馬について司馬遼太郎は、人について学ぶ型であるよりも「自得」するタイプだったと述べています。
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そして、龍馬ほど「自」にこだわらなかった人物はいません。つまり、私心がなかったのです。そのことは、明治維新の最大の功労者であるのにもかかわらず、閣僚名簿に自分の名前を加えなかった事実が何よりも示しています。龍馬は、これからの相手を日本ではなく世界としたというが、それにしても、あまりの無欲ぶりです。
やはり司馬遼太郎は、「古来、革命の功労者で新国家の元勲にならなかった者はいないであろう」と、『竜馬がゆく』に書いています。これには、あの度量の大きな西郷隆盛でさえ驚き、二の句がつげなかったといいます。龍馬は、新国家そして日本人のために、あえて私心を捨て、自分をむなしくしたのです。
世にリーダーと呼ばれる人は多いですが、どちらかというと自己主張の強い目立ちたがり屋が多いように思います。こうした中で、龍馬は異能のリーダーだと言えるでしょう。結局、龍馬はどこまでも「自由」な人だったのではないでしょうか。
なお、このエピソードは『龍馬とカエサル』(三五館)にも登場します。
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2013年6月24日 佐久間庸和拝