たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。
そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。
その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。
今回ご紹介するハートフル・キーワードは、「継」です。



「継続は力なり」と予備校の教室などに貼っていますが、別にこれは受験勉強だけの話ではありません。何事も、あきらめてはいけません。そして、世代を超えた継続が重要です。
わたしが好きなエピソードに「愚公、山を移す」という中国の寓話があります。もともとは『列子』に由来しますが、毛沢東が『毛主席語録』の中で紹介しており、わたしはこちらを読んで知りました。



昔、華北に住んでいた北山の愚公という老人の物語です。彼の家の南側には、その家に出入りする道をふさぐ太行山と王屋山という二つの大きな山がありました。愚公は、息子たちを引き連れ、鍬でこの二つの大きな山を掘り崩そうと決心しました。利口者の老人がこれを見て笑い出し、こう言いました。「お前さんたち、そんなことをするなんて、あまりも馬鹿げているじゃないか、お前さんたち親子数人で、こんな大きな山を二つも掘ってしまうことはとてもできやしないよ」と。


愚公はこう答えました。「私が死んでも息子がいるし、息子が死んでも孫がいる。このように子々孫々つきはてることがない。この二つの山は高いとはいえ、これ以上高くなりはしない。掘れば掘っただけ小さくなるのだから、どうして掘り崩せないことがあろうか」と。
愚公は知恵者の誤った考えを反駁し、少しも動揺しないで、毎日、山を掘り続けました。天からこの様子を見て感動した上帝は、二人の神を下界に送って、二つの山を背負い去らせたといいます。



この寓話を知った頃、わたしは東京から北九州市へ居を移したばかりでした。父が経営する会社が深刻な危機に陥ったのです。当時のわたしはプランナーとして活動しており、著書も定期的に書き、将来の展望も見えはじめた時期でした。少しだけ悩みましたが、長男としての務めとわりきって覚悟を決め、北九州市に本社を置く父の会社に帰りました。
そのとき、拡大しすぎた事業内容と、年商を超えるほどの膨大な借金という二つの山が瀕死の会社にのしかかっていました。正直、わたしは途方に暮れましたが、「愚公、山を移す」を心の支えとして、とにかく父とわたしの二人の全生涯を合わせて何とかしようと決心しました。



広げすぎた事業はドラッカーに学んだ「選択と集中」でシェア1位の営業エリアのみに絞り、不採算事業からも次々に撤退しました。借金も、とにかく返しまくり、それから約7年後にはほとんど完済しました。世間では、リクルートや佐川急便などが多額の借金を返済した企業として知られていますが、その売上高や借入金の額は違えど、難易度からいえばその2社に劣らないものだったと自負しています。当初、絶対に返せないと絶望したこともありました。しかし、現実には返せたのです。



あきらめてはいけません。二つの山は必ず掘り崩せると信じて、掘り続けていきました。そのうち、愚公のように天の神様が助けの手を差し伸ばしてくれたとしか思えません。
「愚公、山を移す」という寓話は、わたしにとって心の宝物です。
なお、「継」については、『龍馬とカエサル』(三五館)に詳しく書きました。


龍馬とカエサル―ハートフル・リーダーシップの研究

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*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2016年6月22日 佐久間庸和