25日から東京に来ています。インドから帰国して1週間にもなりますが、ずっと下痢に悩まされていました。26日の朝、ホテルの客室から外を眺めると、東京の空は快晴でした。28日(日)には東京マラソンが開催されますので、「日曜日もお天気だといいな」と思いました。
客室の窓からは新宿の高層ビル街もよく見えましたが、ふと視線を左に移すと見事な富士山が見えました。わたしは「富士山が見えたら良いことがある」と信じている人間です。実際、その後でトイレに行ってみたら1週間ぶりにわたしの体は休火山になっていました。それまでは噴火を繰り返す活火山だったので、思わずわたしは「ついてる、ついてる、ありがとう!」と独言しました。ちなみに、富士山は休火山であります。(笑)
四谷駅から総武線に乗りました
亀戸駅で下車しました
亀戸名物(?)の「ガラスの城」
アンフェリシオンに到着しました
すっかり元気になったわたしは、宿のある赤坂見附から四谷駅に向かいました。
亀戸にある冠婚葬祭互助会・日冠さんの結婚式場「アンフェリシオン」で全互連の関東甲信越ブロック会議が開催されるので、会長として参加するためです。四谷駅から総武線に乗って秋葉原や両国を通過して亀戸に着いたわたしは、アンフェリシオンに向かって歩きました。途中、いつも気になる「ガラスの城」という夢のある(微苦笑)名前のホテルを横目に見ながら、目的地であるアンフェリシオンに到着しました。
関東甲信越ブロック会議が開催されました
アンフェリシオンでは、昼食のお弁当を頂きました。
普通の食事をするのは本当に久々だったので、とても美味しく、幸せな気分になりました。ちょうどインドで一緒だった日冠の小泉社長とセレモニーの志賀社長に「インドから帰ってからずっと下痢だったんだよ」と言うと、彼ら2人はまったく大丈夫とのことでした。ちょっとショック・・・・・・。食後に開催された関東甲信越ブロック会議は、その小泉社長と志賀社長の活発な議論により大いに盛り上がりました。思ったことを会議で堂々とズバズバ言う・・・・・・わたしのファミリーたちは頼もしいです!
関東甲信越ブロック会議が終わると、わたしは神谷町へ向かいました。
この日は15時15分から互助会保証の監査役会、16時から取締役会が開催され、わたしも同社の監査役として出席したのです。取締役会では117の山下社長にお会いしましたが、わたしが下痢をしていて会社の懇親会でもお粥を食べたことなど、よく御存知でした。山下社長をはじめ、業界には当ブログを読まれている方が多く、わたしの個人情報が筒抜けになっているのです。(笑)監査役会、取締役会ともに大いに談論風発、活発な議論が交わされました。
「うかい」は東京タワーの真下です
東京芝とうふ屋「うかい」
「うかい」の日本庭園
取締役会の終了後は、意見交換会が開かれました。
場所は、東京タワーの真下にある東京芝とうふ屋「うかい」でした。
「うかい」は超人気店で、なかなか予約が取れないことで有名です。
もともとは八王子にある豆腐店が発祥だそうですが、東京タワーの真下という最高のロケーションに手入れの行き届いた日本庭園が素晴らしかったです。
意見交換会で挨拶する藤島社長
神田会長の音頭でカンパイ!
うかい名物の「あげ田楽」
うかい名物の「豆水とうふ」
意見交換会の冒頭、互助会保証の藤島社長が挨拶され、役員を代表して日本セレモニーの神田会長の音頭で乾杯しました。わたしも久々にビールを飲みましたが、その旨かったことといったら! また、名物料理の「あげ田楽」や「豆水とうふ」など、今まで活火山だったわたしの体にも優しく、とても美味しかったです。
料理が美味しいので、ビールの後は、白ワイン、赤ワイン、冷酒まで頂戴しました。
久々の酒は、ほんなこつ五臓六腑に沁み渡る旨さでごわした。
向かいの席に座られていたラックの柴山社長がウイスキーを飲まれていたのですが、「佐久間さん、あんたもウイスキーを飲みなさい」と薦めて下さるので、ウイスキーも頂きました。柴山社長とはインドもご一緒だったのですが、インドでも「ウイスキーを飲みなさい」と毎晩薦められました。「インドのウイスキーをストレートで飲めば、酔っ払って熟睡できるよ」と言われるのですが、わたしは夕食後も原稿やブログを書かねばならず酔っ払って熟睡するわけにはいかないので、固辞し続けました。だいたい、ただでさえ酒量の多いわたしがストレートのウイスキーなどを飲みだしたら、もう「アル中への道」が待っているとしか思えません。それにしても、柴山社長は何故いつもわたしにウイスキーを飲ませたがるのでしょうか? いやはや、謎であります。
それはそうと、インドに行かれた藤島社長も柴山社長もお元気で、帰国後もまったく体調を崩されなかったそうです。これまたショック・・・・・・結局、体が弱いのはボクだけなの?
さらに驚いたのは、インドに同行し、ガンジス川に向かう人力車でも相乗りした第一生命経済研究所の主任研究員である小谷みどりさんがインドから帰国してすぐ、今度はアフリカに出発されたそうです。すごすぎる! 小谷さん、あなたは「終活の女王」にして「鉄の女」です!
意見交換会は大いに盛り上がり、最後は柴山社長が中締めをされました。
こうして、活火山から休火山になったわたしの一日は終わりました。
と書きたいところですが、帰りに赤坂見附の止まり木によって一杯やってからホテルに帰りました。最後に一言。健康が一番です!(苦笑)
*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。
2016年2月27日 佐久間庸和拝