「小さなスナック」

佐久間庸和です。
1968年の日本映画「小さなスナック」を紹介します。かつて、わたしが行きつけのカラオケスナックでいつも歌っていたパープル・シャドウズのヒット曲の映画化作品です。



「小さなスナック」は、GSのパープル・シャドウズの楽曲で、デビューシングルです。本作は「夜明けの二人」の桜井義久がシナリオを執筆し、「虹の中のレモン」の斎藤耕一が監督した青春もの。撮影は「進め!ジャガーズ 敵前上陸」の竹村博。主演が藤岡弘と青春アイドルの岡崎奈々。パープル・シャドウズも藤岡弘の大学の友人役で出演して「小さなスナック」を歌います。またジュディ・オングとヴィレッジ・シンガーズも友情出演で1曲ずつ披露しています。

 

映画.comの「あらすじ」は、以下の通りです。
「夏が終って、初秋の小雨降るある夜、青山の小さなスナックに三橋昭と彼の仲間たちがたむろしていた。ここは、学生やグループ・サウンズや、カバーガール、レーサー、踊り子たちのたまり場だった。昭はスナックの片隅にレインコート姿の、可憐な美樹を目にとめた。彼女は何か人待ち顔だった。その夜は夏へのお別れパーティを開くことになっていたのだが、それに美樹も加った。彼女に関心を持った昭は、パーティの後、美樹を家に送っていこうとしたが、何故か彼女は、名前以外は何一つ教えようとしなかった。そんな美樹に、昭は次第に恋心を抱くようになっていった。二人は何度かデートするようになった。ある日、昭は不意に駆け去った美樹の後を追って彼女の家をつきとめた。そこは“ミキ美容院”となっていた。昭は、美樹の年齢で美容院を経営していることに、不審の念を抱いた。その日から、美樹は昭の前に現われなくなった。そんな時、仲間の江島が富士サーキットで行なわれたグランプリ・レースに優勝した。祝賀会の後、美樹を忘れられない昭は霧雨の街を歩いた。ふと前を見ると美樹がいた。二人はその夜、初めて口づけを交したのだった。しかし、またも美樹は昭の前から姿を消したのだった。そして、間もなく昭が受けたのは、美樹の交通事故死の知らせだった。急いで病院に駆けつけた昭は、美樹には三浦という老紳士のパトロンがいたことを知らされ、愕然となった。翌日から、いつものスナックで、何かを必死に待ち受けている昭の姿が、毎日のように見られた」



本作は、ブログ「小さなスナック」で紹介したパープル・シャドウズのヒット曲「小さなスナック」をテーマソングにした青春ポップス映画で、1968年の日活作品です。監督は斎藤耕一で、主役は尾崎奈々と藤岡弘の2人です。後に特撮ヒーロー・ドラマの金字塔「仮面ライダー」で1号ライダーの本郷猛を演じる藤岡弘の若き日の姿がとてもカッコ良くて驚きました。その他の出演者は、ジュディ・オングにケン・サンダース、もちろんパープル・シャドウズも出ていますが、さらにはヴィレッジ・シンガーズも友情出演しています。


青春ポップス映画の代表作

 

物語は、「小さなスナック」の歌詞の通りで、スナックで知り合った若い男女の恋愛を描いています。しかし、なんというか、予想とはまったく違った作品でした。鮮烈なカメラワークにシュールな演出・・・・・もはや、歌謡映画の枠を完全に超えてしまっています。尾崎奈々演じる若い女性には、とんでもない秘密があったのですが、その背景も理由もまったく説明されず、唐突に物語が終わってしまうのです。
そして、そのラストシーンがなんとも衝撃的なのです。わたしは、もう仰天しました。
観終わった瞬間、「えっ、なんで? どうして、そうなるの!」と叫びたい気分でした。


日本のヌーベルヴァーグ?


まるで、ゴダールの映画を思わせるような不条理な世界が展開されたのです。
ジャン=リュック・ゴダールは、いわゆるヌーベルヴァーグの旗手とされます。そう、この日本映画「小さなスナック」には、ヌーベルヴァーグの匂いがプンプンするのです。ゴダールの代表作「気狂いピエロ」は1965年の作品ですが、3年後に作られた「小さなスナック」は明らかに影響を受けていると思います。なんだか、藤岡弘の顔がジャン・ポール・ベルモンドに見えてきました。



斎藤耕一監督は、この作品が2作目でしたが、4年後の1972年には「旅の重さ」、さらに翌年の1973年には「津軽じょんがら節」という日本映画史に残る名作を作っています。その才能の萌芽は「小さなスナック」にもしっかり見られます。特に、まだ10代だったジュディ・オングがスナックのカウンターで長々と語るモノローグの場面があるのですが、非常に洗練されたシーンでした。まるでフランス映画の名作のような印象的な場面でした。若きジュディ・オングの輝くばかりに可愛いこと!



尾崎奈々は、スラリとした可憐な清純派女優として人気があった人です。多くの映画、TVドラマ、舞台などで活躍しましたが、1973年に映画監督の石原興と結婚して引退。そして、同年の1968年にデビューしたばかりのパープル・シャドウズのぎこちない演技には微笑んでしまいます。68年当時、すでにグループ・サウンズの人気は下降線をたどっていました。パープル・シャドウズは他のGSとは異なるハワイアン的なムード歌謡、あるいはフォークソングのテイストで注目を集めました。しかし、デビュー2曲目の「小さなスナック」の大ヒットの後は、残念ながらヒット曲に恵まれませんでした。


  

 

ギターの今井久のテクニックには定評があり、80年代には「今井久&パープル・シャドウズ」名義で活動しました。今井久の素晴らしいギター技術は、「小さなスナック」のイントロにもよく表れています。なお、ロス・インディオス&シルヴィアの1979年の大ヒット曲「別れても好きな人」は、もともとパープル・シャドウズの曲です。本来はシャッフルのリズムでしたが、ロス・インディオス&シルヴィアはそれを大人のムード歌謡調にアレンジして歌い、大ヒットを飛ばしたのです。それにしても、映画「小さなスナック」には、いろんな意味でショックを受けました。

 

 

2026年10月9日 佐久間庸和拝