佐久間庸和です。東京に来ています。
2日、ブログ「ジョニー・デップ個展」で紹介した高輪でのアートイベントを鑑賞した後、わたしは六本木に向かいました。TOHOシネマズ六本木ヒルズで行われるジョニー・デップのレッドカーペット・イベントに参加するためです。

六本木ヒルズにて

ホワイト・ツリーの前で

凄い数の報道陣でした

まずは1人でレッドカーペットを歩きました
この日、デップが 約30年ぶりに監督した映画「モディリアーニ!」のジャパン・プレミア・レッドカーペットが行われ、わたしも招待されたのです。同作は「ブレイブ」(1997年)以来のジョニー・デップ監督復帰作です。1916年、戦火のパリ。画家や彫刻家としてフランス・パリで活動するも、不摂生な生活による貧困、肺結核、薬物依存などにより若干35歳で亡くなったイタリア人芸術家アメデオ・モディリアーニの人生を変えた激動の72時間を描た作品です。時間の関係で映画は鑑賞することができませんでしたが、来年1月16日に公開されたらぜひ観ます!
レッドカーペット・イベントにて
レッドカーペット・イベントにて
真打のジョニー・デップ登場!

やはり、オーラが違います!
それにしても、なぜ、この日のレッドカーペット・イベントにわたしが参加できたのか? それは、 ブログ「君の忘れ方」や ブログ「男神」で紹介した小生の出演映画のゼネラル・プロデューサーである志賀司さんにお誘いいただいたからですハリウッドで映画ビジネスの経験があり、「ハリウッド・リポーター・ジャパン」の社長でもある志賀さんはジョニー・デップと以前から交流があるのです。17時にTOHOシネマズ六本木に集合。レッドカーペット・イベントは17時半からでした。でも、遅刻魔で知られるジョニー・デップの到着が大幅に遅れ、1時間遅れの開始となりました。
志賀父娘とスリーショットで
アルファクラブ武蔵野の和田会長と
その後、レッドカーペット・イベントに参加したVIPゲストは、VIPラウンジで待ちました。デップとのプライベート・カクテルまで2時間待ちましたが、本当はデップの舞台挨拶と映画そのものも観たかったですね。待っている間は志賀さんやお嬢さんのアナスタシアちゃん、アルファクラブ武蔵野の和田哲哉会長、B’Zのマネジメント会社であるB ZONEの升田年則社長、明治座の三田光政専務(三田友梨佳アナのお兄様)らと歓談しました。芸能界の裏事情もたっぷり聴けました。いやあ、最高に面白かったです! B’Z、大黒摩季、倉木麻衣などのトップスターを抱える芸能界の大御所である升田社長からは「あなたはオシャレですね。とても華がありますよ!」と何度も言われて恐縮しました。

志賀社長(右)の紹介でジョニデと初対面!
ジョニー・デップと硬い握手を交わす
最高に嬉しかったです!
年齢も体格も同じで意気投合!
そして、ついに映画の舞台挨拶を終えたジョニー・デップがVIPラウンジに入ってきました。旧知の仲である志賀社長とアナスタシア嬢の次に、わたしが紹介されました。最初にわたしが「ジョニー・デップ個展」で求めた彼がデザインしたストールを示して、「ディス・イズ・ユア・アート!」と言うと、デップはすごく喜んでくれて「ワンダフル! ユー・アー・ベリーナイス!」と言って握手してくれました。わたしが「アイム・シックスティ・ツー・イヤーズ・オールド。ウイ・アー・ザ・セイム・エイジ、ユー・ノウ?」と言うと、「オー、グッド!」と言って肩まで抱いてくれました。もう長年の親友のように分かり合えた気がして大感激! デップは身長178センチ、わたしは177センチ。身長も体格もほぼ同じで、すごく親近感が湧きました。

サインをお願いしました

サインペンをお渡ししました

サインを書いていただきました

これがジョニー・デップのサインだ!!
それから、通訳役の志賀社長がわたしのことを「彼は日本で最も映画鑑賞している会社経営者なんだけど、ハーフ・ムービースターで、数本の映画にも出演している。また、映画の本を含む大量の著作を持つ作家でもある」と英語で紹介してくれると、デップは「オー・グレート!」と言って、「ドゥー・ユー・ライク・ムービー?」と訊いてきたので、わたしは「イエス。アイ・ライク・ムービー。アイ・ラヴ・ジョニー・デップ!」と言いました。会場中が笑いに包まれ、デップも大笑いしていました。せっかくの機会なのサインをしてほしくて、色紙とサインペンをお渡ししました。彼が書いてくれたサインはまるでモダンアートのようでした。かなり疲れた1日でしたが、最高の思い出となりました。志賀社長をはじめ、関係各位に心より感謝申し上げます。
これからも、よろしくお願いします!
2025年12月3日 佐久間庸和拝