佐久間庸和です。
20日、ブログ「父の一周忌法要」で紹介したように、わが家の菩提寺である広寿山福聚寺で昨年9月20日に逝去した父を供養しました。今日は六輝が大安であり、さらに大明日と母倉日が重なった大大大吉日だそうです。さすが、佐久間進は”ミスター冠婚葬祭”です。また、心配していた雨も上がりました。さすがは‟太陽を追う男”です!

完成した「佐久間家之墓」

佐久間家之墓の前で

ついに、わが家の墓ができました!

広寿山福聚寺の黒田住職と
一周忌法要の後は、新しく建之した墓を開く儀式を行いました。「墓石開眼供養」です。「開眼供養(かいげんくよう)」とは、新しく仏壇、位牌、お墓などを購入・建立した際に、僧侶を招いて読経してもらい、魂を込める法要です。この儀式により、それらは単なる物から仏様や故人の魂が宿る供養の対象となります。
墓石開眼供養のようす
墓石開眼供養のようす

墓前で焼香しました

墓前で合掌しました
開眼供養は、仏像に最後に眼を描き入れる儀式に由来し、「魂入れ」「入魂式」「お性根入れ」などと呼ばれることもあります。開眼供養を行うことは、それまで単なる物体であったものに仏様や故人の魂を宿すことで、故人や仏様を供養するための大切な存在となるとされています。

骨壺を受け取りました

一礼してから納骨しました

骨壺を納めました

しっかりと中まで入れました

納められた骨壺

納骨後に合掌しました

最後は、もちろん一同合掌

佐久間家之墓の前で家族と
墓石開眼供養の後は、父の遺骨を「納骨」しました。納骨は、火葬後に遺骨を骨壺に収め、お墓や納骨堂に埋葬する供養の儀式です。いつまでに行うかなどの法的な期限はなく、四十九日法要や一周忌などの法要のタイミングに納骨をされるや、ご遺族の気持ちが落ち着いた頃に行われることが一般的となっています。

墓石の裏にはわたしの名前が・・・

父は八人兄弟の末っ子だったこともあり、生前に自分の墓を持っていませんでした。もともとは神道系の人間であり、自身が創建した「皇産霊神社」に祠をつくる案もありましたが、亡くなる直前に、わたしが「やはり福聚寺さんにお墓をつくりませんか?」とわたしが提案して、父も「頼む」と言いました。費用は全額わたしが負担しました。けっこうな出費となりましたが、長男だから当然です。「鬼滅の刃」の炭治郎に「俺は長男だから我慢できた」という有名なセリフがありますが、わたしの人生もそのセリフの連続であります。

長男としての務めを果たしました
炭治郎の独特の呼吸も亡くなった父親から受け継いだものであり、それは一種の一子相伝だといえます。でも、長男だから偉いということはありません。「俺は長男だから我慢できた」という炭治郎のセリフも「長男は偉い」という意味ではなく、次男との役割分担のことを言っていると思います。わたしも、この日ともに父を供養した次男の弟と力を合わせて佐久間家を盛り上げていきたいです!

父の影膳にもビールのグラスが・・・
納骨が終わって、すべての儀式が終了すると、松柏園ホテルに移動して「直会」をしました。目を患っていて、ずっとアルコールは控えていましたが、この日は久しぶりにビールを飲みました。やるべきことを果たした後の一杯は旨かったです。父の遺影の前にも影膳でビールの入ったグラスを置きましたが、父は嬉しそうに笑っていました。
天寿国のお父さん、お元気ですか?
この9月、ブログ「リメンバー・フェス」、ブログ「月への送魂」、ブログ「かまたまつり」で紹介した一連の死者儀礼がありましたが、すべて無事に終えることができました。これも関係各位のおかげと心から感謝しています。また、サンレーグループのみなさんには、今日まで本当にお世話になりました。深く感謝申し上げます。
銅像の前で家族と
2025年9月20日 佐久間庸和拝
