真夏のミッション

ブログ「秋季例大祭」で紹介した神事と朝粥会の後は、恒例の「平成心学塾」を開催しました。最初に、 サンレーグループ佐久間進会長が檀上に立ち、訓話をしました。佐久間会長は、WEBシステムに写っている各地の社員に向かって話しかけました。


佐久間塾のようす

訓話する佐久間会長



佐久間会長は「リオオリンピックが大変盛り上がっていますが、日本が金メダルラッシュでまことに喜ばしいですね。わたしと縁のある柔道も全階級でメダルを取りました。また、シンクロナイズドスイミングの原点が日本の武術にあったと知り、日本文化の奥深さを改めて感じています。ぜひ、オリンピックを観戦する際は単なる勝ち負けだけでなく、自身の仕事に活かせる何かを学び取っていただきたい」と述べました。


WEBシステムを使って話す佐久間室長



続いて、WEBシステムを使って北陸本部から佐久間室長が参加し、これからキャッシュフロー経営についての話をする旨が発表されました。2015年12月2日に開かれた第95回全互協九州ブロック講演会において互助会保証(株)の藤島社長が講演された資料をベースにさせていただいた話です。続いて、北九州本部からサンレー経営管理部の槇部長が具体的に説明してくれました。


わたしが登壇しました



最後は、わたしが登壇して講話しました。
まず、わたしは宮本武蔵の話からスタートし、武蔵と有馬喜兵衛、吉岡一門、佐々木小次郎との闘いについて述べました。それから、ブログ「横浜フューネラル対談」で紹介した、仏教界を代表する論客である曹洞宗の村山博雅老師との対談について話しました。「葬送儀礼の力を問う〜葬儀の本質とは」をテーマの対談でしたが、東日本大震災の話題も出ました。2011年の夏、東北の被災地は震災の犠牲者の「初盆」を迎えました。この「初盆」は、生き残った被災者の心のケアという側面から見ても非常に重要でした。


最初に宮本武蔵の闘いに言及しました



通夜に始まって、告別式、初七日、四十九日・・・日本仏教における一連の死者儀礼の流れの中で、初盆は1つの大きな節目です。また、年忌法要そのものが日本人の死生観に合ったグリーフケア文化となっています。今後も仏式葬儀は時代の影響を受けて変化せざるを得ませんが、原点、すなわち「初期設定」を再確認した上で、時代に合わせた改善、いわば「アップデート」を心掛ける努力が必要ではないでしょうか。


上智大でのフューネラル講義について



また、ブログ「上智大フューネラル講義」、およびブログ「上智大グリーフケア講義」で紹介した連続講義について話しました。最初は「葬儀」についての講義内容を説明し、わたしは「葬儀は人類の存在基盤です。葬儀は、故人の魂を送ることはもちろんですが、残された人々の魂にもエネルギーを与えてくれます。もし葬儀を行われなければ、配偶者や子供、家族の死によって遺族の心には大きな穴が開き、おそらくは自殺の連鎖が起きたことでしょう。葬儀という営みをやめれば、人が人でなくなります。葬儀というカタチは人類の滅亡を防ぐ知恵なのではないでしょうか」と述べました。



講義後は上智大学グリーフケア研究所の島薗進所長とのトークタイム、それから質疑応答などを受けました。この日は「未来医師イナバ」こと東大病院の稲葉俊郎先生も駆け付けて下さり、「霊的な視点からみて葬儀とはどういう行為か」といった質問を受け、わたしは「葬儀は彼岸への送信クリックのようなものだと思う。こちらの世界から1人そちらに向かったというサインを送る意味があるのではないか。この送信クリックをしっかり行わないと、魂のエコロジーが崩れてしまうように思う」と答えました。


上智大でのグリーフケア講義について



続いて、「グリーフケア」についての講義を行いました。上智大学といえば、日本におけるカトリックの総本山ですが、わたしはブッダの話をしました。「釈尊」ことブッダは、「生老病死」を苦悩としました。わたしは、人間にとっての最大の苦悩は、愛する人を亡くすことだと思っています。老病死の苦悩は、結局は自分自身の問題でしょう。でも、愛する者を失うことはそれらに勝る大きな苦しみではないでしょうか。


臨床の重要性について話しました



配偶者を亡くした人は、立ち直るのに3年はかかると言われています。
幼い子どもを亡くした人は10年かかるとされています。こんな苦しみが、この世に他にあるでしょうか。一般に「生老病死」のうち、「生」はもはや苦悩ではないと思われています。しかし、ブッダが本当に「生」の苦悩としたかったのは、誕生という「生まれること」ではなくて、愛する人を亡くして「生き残ること」ではなかったかと、わたしは思うのです。最後は、「月あかりの会」で実際に取り組んできた事例を中心に報告しました。わたしは「グリーフケアは理論ではありません。いくら頭の中でこねくり回しても、実際に遺族の方に対しては無意味なことがたくさんある。とにかく実践がすべてです! 医療でいえば、臨床が大事です!」と言いました。講義後は島薗所長とのトークタイム、それから質疑応答などを受けました。同研究所の特任教授である鎌田東二先生にも発言していただき、大いに盛り上がりました。


島田裕巳氏との対談について



さらに、ブログ「島田裕巳氏と対談しました」で紹介した出来事について話しました。
先月末、わたしはついに宗教学者島田裕巳氏と対談しました。「葬儀」をテーマにした島田氏との共著の巻末企画です。これまで往復書簡の形で、何通か手紙のやりとりをしてから最後に対談したのです。対談は東京・六本木ヒルズ49階の「アカデミーヒルズ」で行われました。島田氏とは意見の一致も多々あり、まことに有意義な時間を過ごすことができました。最近、原発や安保の問題にしろ、意見の違う者同士が対話しても相手の話を聞かずに一方的に自説を押し付けるだけのケースが目立ちます。ひどい場合は、相手に話をさせないように言論封殺するケースもあります。そんな大人たちの姿を子どもたちが見たら、どう思うでしょうか。間違いなく、彼らの未来に悪影響しか与えないはずです。わたしたちは、お互いに相手の話をきちんと傾聴し、自分の考えもしっかりと述べ合いました。



当事者のわたしが言うのも何ですが、理想的な議論が実現したのではないかと思います。けっしてなれ合いではなく、ときには火花を散らしながら、ある目的地に向かっていく。今後の日本人の葬送儀礼について、じつに意義深い対談となったように思います。島田氏から「もちろん、葬式は必要ですよ」「結婚式はもっと必要ですよ」との言葉も聞くことができて、大満足です。対談を終えて、わたしは「葬儀は人類の存在基盤である」という持論が間違っていないことを再確認しました。


ミッショナリー・カンパニーについて



こうして、わたしの熱い夏は終わりました。ぎっくり腰というアクシデントに見舞われながらも、激動の1ヵ月を無事に駆け抜けることができたのは、やはり使命感、すなわちミッションのせいだと思います。10月に刊行を予定しているわたしの著書のタイトルは、『ミッショナリー・カンパニー』です。40周年記念出版の『ハートフル・カンパニー』、45周年記念出版の『ホスピタリティ・カンパニー』に続く、サンレー創立50周年記念出版です。「ミッショナリ―・カンパニー」とは「使命のある会社」という意味になります。


50周年まで、あと3ヵ月です!



ドラッカーは「仕事に価値を与えよ」と述べています。
これはとりもなおさず、その仕事の持つミッションに気づくということにほかなりません。わが社は冠婚葬祭業を営む企業ですが、わたしは、この仕事くらい価値のある仕事はないと心の底から思っています。わが社のミッションは「人間尊重」であり、その精神を広く世に広める「天下布礼」です。わたしのミッションは、冠婚葬祭業の社会的地位を高めることであり、「人は老いるほど豊かになる」、そして「死は不幸ではない」社会を呼び込むことです。創立50周年まで、あと3ヵ月。1日1日を大切にして、われらのミッションを果したいものです。



*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2016年8月18日 佐久間庸和