たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。
そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。
その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。
今回ご紹介するハートフル・キーワードは、「流」です。



リーダーシップを考えるうえで水に学ぶところは多いです。
「水は方円の器に従う」という言葉があります。水は、相手が四角でも円でも、躊躇することなく、自分を相手に合わせていく。これは驚くべき性質であり、しかも、その水の本質は少しも揺らぐことがない。四角になろうが丸くなろうが、あくまで水は水。さらに驚くのは、水は低いほうに流れて行くことだ。上昇指向ではなく、むしろ下方に行こうとするのです。



いつの時代からか政治家や経営者などの指導者層に親しまれるものに「水五則」という作者不明の不思議な文献があります。王陽明をはじめ中江藤樹、熊沢蕃山、黒田孝高など、そうそうたる人物が書いたのではないかと推測されています。
「水五則」の第一則は、「みずから活動して、他を動かしむるは、水なり」。
太平洋戦争の連合艦隊司令長官山本五十六の遺した「やってみせ、言ってきかせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」の言葉は、人を動かす秘訣を示した至言です。水は高いほうから低いほうへ流れる性を持つゆえ、進路通りに進みやすいように、動きやすいように条件を整備することが必要です。そして水は後ろから押されて進みます。この機能は「ほめる」「励ます」ことにほかなりません。



第二則は、「常におのれの進路を求めてやまざるは、水なり」。
他人を指導するということは、実は自分を向上させる縁である。「教えるとは学ぶこと」という真理を知らなければなりません。試行錯誤を重ねてジグザグに進み流れる水に学び、「あれは自分の姿だ」と自己を投影させることが大切です。
第三則は、「障害にあって、激しくその勢力を百倍し得るは、水なり」。
ブッダの人生観は「精進」の二文字に尽きます。彼が自らの死に臨んで遺した言葉が「人々よ、まさに精進するがよい。精進するなら、たとえわずかな水の流れでも流れづめに流れるなら、石に穴を開けるように、事として成らぬことはない」で、水にたとえて精進を薦めています。



第四則は、「みずから潔うして他の汚濁を洗い、清濁あわせいるる量あるは、水なり」。
これは老子の「和光同塵」に通じます。自分の才知を隠して、世間の人や習慣に交わるという意味です。道教和光同塵の思想は、神道の神と仏教の仏との神仏同体説である「本地垂迹」説とも結びつきます。
そして第五則は、「洋々として大海を満たし、発しては霧となり、雨雪と変じ霰と化す。凍っては玲瓏たる鏡となり、しかも、その性を失わざるは、水なり」です。



このように「水五則」は単なる人生訓ではなく、老子のいう無為自然の道を、水を通じて説くのです。水、おそるべし。水の流れのごとく自然に生きることができれば、それはもう、一流のリーダーを超越した一流の人間そのものでしょう。
なお、「流」については、『龍馬とカエサル』(三五館)に詳しく書きました。


龍馬とカエサル―ハートフル・リーダーシップの研究

龍馬とカエサル―ハートフル・リーダーシップの研究

*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2016年7月16日 佐久間庸和