母の日 

今日は5月の第2日曜日なので、「母の日」です。
早朝から『儀式論』の「家族と儀式」という章を執筆していました。
午後になると、いったん執筆を止めて、妻と一緒に実家を訪れました。
妻が自分で花を買ってきて作ったフラワー・アレンジを持って行きました。


妻が作った「母の日」のフラワー・アレンジメント



5月は、わたしにとって特別な月です。
5日の「子どもの日」、10日の自分の「誕生日」、そして「母の日」があるからです。
幼いときから、いつもこの3つの「日」は3点セットでした。
最近は、この3つは実は同じことなんだと気づきました。
それは、自分を産んでくれた母親に感謝する日だということです。



ヒトの赤ちゃんというのは自然界で最も弱い存在です。
すべてを母親がケアしてあげなければ死んでしまう。2年間もの世話を必要とするほどの生命力の弱い生き物は他に見当たりません。わたしは、ずっと不思議に思っていました。「なぜ、こんな弱い生命種が滅亡せずに、残ってきたのだろうか?」と。あるとき、その謎が解けました。それは、ヒトの母親が子どもを死なせないように必死になって育ててきたからです。
出産のとき、ほとんどの母親は「自分の命と引きかえにしてでも、この子を無事に産んでやりたい」と思うもの。実際、母親の命と引きかえに多くの新しい命が生まれました。
また、産後の肥立ちが悪くて命を落とした母親も数えきれません。


今年で80歳を迎える母と



まさに、母親とは命がけで自分を産み、無条件の愛で育ててくれた人なのです。実家に行くと、今年で80歳を迎える母は嬉しそうに迎えてくれました。「母の日」の花を手渡すと、とても嬉しそうでした。父もミャンマーに旅立ったばかりで不在でしたが、母と一緒にお菓子を食べ、お茶を飲んでから一緒に写真を撮りました。母からは誕生日祝いまで貰いましたが、いくつになっても嬉しいものです。最後に、母に「いつまでも元気で」と言って、実家を後にしました。


長女から届いたフラワー・アレンジメント



また、今日は東京にいる長女から妻へ「母の日」のフラワー・アレンジメントが届きました。
妻は、とても喜んでいました。わたしの誕生日プレゼントとして、手作りのケーキと洒落たステーショーナリーも同封されていました。我が子から何かを贈られると、なんともいえぬ幸せを感じるものですね。今日は「世界中の親子に幸あれ!!」と言いたくなるような気分です。
わたしの誕生日は明後日ですが、ケーキは今夜食べようと思います。
その後は、「家族と儀式」の続きを書きます。


長女からわたしに届いたケーキ



*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2015年5月8日 佐久間庸和