たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。
そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。
その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。
今回ご紹介するハートフル・キーワードは、「平」です。



坂本龍馬ユリウス・カエサルも平和主義者でした。
龍馬は中岡慎太郎とともに慶應3年(1867年)11月15日の夜に暗殺されましたが、殺される前、二人は刀を遠ざけて話し合っていました。二人とも、武力倒幕派と共和体制派の両方に命を狙われていたのに、なぜでしょうか。



実は、宿の主人が龍馬を心配して隠れ梯子のついた裏の蔵に入れておいたのですが、この夜の龍馬はたまたま風邪を引いていました。そのため、寒いと言って母屋に出てきてしまいました。そして中岡と議論を続けているうちに、使用人に「シャモを買ってこい」と命じ、使いに出したのです。このとき、二人は激論を交わしていました。



勝海舟横井小楠らの平和路線に強い影響を受けていた龍馬は、武力倒幕に反対でした。戦争によって国内体制を整えるのではなく、むしろ有力な大名や人材を集めて一種の共和国を創ろうとしていたのです。一方の中岡は、あくまでも武力倒幕という国内戦争を起こさずに国内統一は不可能と考えており、二人とも殺気に満ちた激論を交わしたのです。



そこで、龍馬は笑いながら「刀を傍らに置くと、お互いに何をするかわからない。刀を遠ざけて話し合おうじゃないか」と提言し、中岡もこれに応じました。二人は刀を手の届かない床の間に置いたわけですが、これが命取りになりまし。武士としては油断にほかなりませんが、この龍馬の平和的態度が「薩長同盟」や「大政奉還」などの奇跡を実現したことも事実です。



また、カエサルがローマの城壁を壊したことは有名です。古代から中世ヨーロッパでも中国でも都市とは城塞のことであり、外敵から市民を守るための城壁は不可欠なものとされていた。それを取り壊したのです。作家の塩野七生氏によれば、カエサルは、城壁が人々の心に「内」と「外」の区別を生み出すと考えたのだといいます。



そこでカエサルは常識破りの城壁撤去により、「都市国家ローマの時代は終わった」と内外に明らかにしました。それは同時にカエサルの「平和宣言」でもありました。すなわち、新しいローマにおいては首都防衛を考える必要はないほどに平和になるのだという決意表明です。事実、この後、ローマは300年にわたって「城塞なしの首都」として存在し続けました。いわゆる「ローマによる平和(パクス・ロマーナ)」の時代が到来したのです。



真のリーダーとは、つねに万人が幸福に暮らせることを理想とします。理想主義者である彼らが平和主義者でもあることは当然かもしれません。それゆえ、自身の危機管理がおろそかになるという弱点も持ちます。事実、龍馬もカエサルも暗殺されました。しかし、民衆は彼らがもたらしてくれた平和によって、幸せに生きることができたのです。
なお、「平」については、『龍馬とカエサル』(三五館)に詳しく書きました。


龍馬とカエサル―ハートフル・リーダーシップの研究

龍馬とカエサル―ハートフル・リーダーシップの研究

*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2016年4月6日 佐久間庸和