成人式のルーツをさぐる


東京に来ています。振袖姿の新成人を多く見ました。
さて、「サンデー毎日」2016年1月24日号が出ました。
わたしは、同誌にコラム「一条真也の人生の四季」を連載しています。
第14回目のタイトルは「成人式のルーツをさぐる」です。


サンデー毎日」1月24日号



1月11日は「成人の日」です。
「大人になったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝い励ます」ことを趣旨としています。この日には、各市区町村で新成人を招いて成人式が行われますが、豪雪の影響や帰省しやすい時期などを考慮して大型連休中やお盆に行う地方も多くなっています。



今では「成人の日」は第2月曜となっていますが、それ以前は1月15日と決まっていました。荒れる成人式がマスコミを賑わせて久しいですね。
さて、成人式のルーツとは何でしょうか。じつは、現在のような自治体主催の成人式の歴史はそれほど古くありません。1月15日を「成人の日」と定めたのは、1948(昭和23)年施行の「国民の祝日に関する法律」であり、成人式が全国的に広まったのは、それ以降のことです。 



ただし、それには前史がありました。
1つは埼玉県蕨町(現・蕨市)の成年式です。終戦翌年の11月、復員や物資欠乏という世相の中、若者を元気付けようと、地元の青年団などが主催して、お汁粉や芋菓子を振る舞いました。蕨市は、これが成人式の最初だとしてアピールしています。
しかし、もう1つ、じつは成人式には戦前の徴兵検査の名残があります。明治以降、満20歳に達した男子がこれを受けることが成人の証しとされていたのです。



現代社会では大学入試や新入社員研修などにその伝統を見ることができます。成人儀礼とは何よりイニシエーション、つまり通過儀礼なのです。
正月という年中行事、成人式という通過儀礼。こうした行事や儀礼の1つ1つが日本人の暮らしの節目であり、人生の節目でした。わたしたちは、そこに美しさや安らぎを感じ、そこで感謝や祈りを学んできたのです。日本人の心を豊かにする年中行事と通過儀礼の重要性を再確認しようではありませんか。ちなみに、わたしの長女は3年前に成人を迎えたが、娘の晴れ着姿を見る親父の心はフクザツでした。



サンデー毎日」1月24日号の表紙



*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2016年1月12日 佐久間庸和