たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。
そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。
その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。
今回ご紹介するハートフル・キーワードは、「任」です。




人生のあらゆる局面で、あなたが成功するための魔法の言葉を1つ紹介しましょう。
それは、「すべて私にお任せください」という一言です。飛行機やホテルでキャンセル待ちしているとき、大事なクレジットカードを紛失したとき、そして愛する家族を失ったとき、この一言は人の心に限りない安心感を与えてくれます。



「人は城、人は石垣、人は濠」という武田信玄の言葉は、一般には彼の部下愛だと受けとめられています。しかし、その真意は逆でしょう。あの言葉は、「俺は甲斐国に大きな城はつくらない。だから、お前たちの一人ひとりが、持場を死守しろ」という、各人への責任押しつけの非情な言葉です。もっとよく考えてみれば、この言葉は権限と責任を自覚した部下が「一人立ちして仕事をすすめていく」ことを奨励している言葉でもあります。すなわち、各人の遂行すべき任務を示しているのです。




任務遂行といえば、「二・二六事件」のエピソードを思い出します。
昭和11年(1936年)2月二26日の早朝に、日本の国家改造と統制派打倒をめざしたクーデターが起こり、当時の多くの重臣が殺害されたり、重傷を負わされたりしました。当時、朝日新聞主筆を務めていた緒方竹虎は自宅にいましたが、そのニュースをラジオで聞いて急いで出社しました。



当時の朝日新聞自由主義的な論説が軍部の反感を買っていたので、緒方は同社が反乱軍の襲撃を受けると直感し、会社や社員を守るための出社したのでした。果たして緒方が出社すると、反乱軍の将校から面会を命じられました。 緒方は恐怖に包まれながら、エレベーターのボタンを押しました。



エレベーターのドアが開いて緒方が乗り込むと、無言で頭を下げ微笑むエレベーター操縦者の菊池滋子の沈着な態度に、緒方はいたく心を打たれました。うら若き女性が、自分が危険のなかに置かれていると知りながら、少しも恐れるところがありませんでした。それは菊池滋子が「自分も朝日新聞社の一員である」との信念から、エレベーター操縦という自分の任務を全うするのだという覚悟が、彼女の心身に満ちわたっていたからです。



彼女の無言の目礼と微笑が、緒方に自分の任務と使命を呼びさましました。彼の沈着と熱意が反乱軍の指導者にも通じて、同社の受けた被害はきわめて僅かなものでした。事件後、朝日新聞社襲撃の指導将校が拘置所で「朝日新聞はけしからん。しかし、緒方竹虎は立派な人物だ」と賞賛したといいます。これも元をたどれば、1人の若い女性の自分の任務遂行に徹した責任感に行き着くのです。
なお、「望」については、『龍馬とカエサル』(三五館)に詳しく書きました。


龍馬とカエサル―ハートフル・リーダーシップの研究

龍馬とカエサル―ハートフル・リーダーシップの研究

*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2015年6月9日 佐久間庸和