庭に咲いたバラ

昨日、ブログ「荒生田塾講演」で紹介したように、「グリーフケアの時代〜別れを生きるとは」と題した講演、「隣人愛の実践者」こと奥田知志牧師との対談を行いました。その後、懇親会にも参加して帰宅しましたが、どうも体調が良くありません。ブログ「民生委員総会講演」に書いた14日の講演会の終了後ぐらいから喉に違和感を感じていたのですが、翌15日の朝には声が出なくなりました。それで耳鼻咽喉科の医院に行き注射を打ってもらって薬を飲んだら声が出るようになりました。それで油断して16日の夕方から酒をかなり飲んだのですが、これが良くなかったようで、17日の朝には再び声がまったく出なくなりました。鼻も全閉状態で、風邪を引いたようです。18日の朝には「平成心学塾」で講話をする予定なのに困りました。


わが家の庭にバラが咲いていました



というわけで17日の日曜日は薬を飲んでずっと寝ていました。
夕方になって書斎で書き物をしていると、妻が「庭のバラがきれいに咲いた」といって花瓶に入れたバラを持ってきてくれました。その花が本当にきれいだったので、わたしは本物が見たくなって庭に出ました。すると、自宅の裏口近くにバラが見事に咲いていました。ピエール・ド・ロンサールというバラで、わが家の周辺のお宅の庭でもよく咲いているそうです。
じつは、少し前に妻が大事に育てていたピエール・ド・ロンサールの枝をわたしは切ってしまったのです。ちょうど、庭でわたしが通るスペースにはみ出ていて邪魔だったので枝をハサミで切ったのですが、その枝にはバラの蕾が20個ぐらいついていたそうです。妻はとても悲しんで、「花にも命があるのだから、これからは勝手に切らないで」と言いました。わたしも反省して、「ごめん」と謝りました。悪いことをしたら素直に謝るのが「人の道」です。
そのときに蕾だったバラの花が咲いたのです。


ピエール・ド・ロンサールというバラです



かつては、わたしもガーデニングが趣味でしたが、ここ数年は忙し過ぎて、すっかりそんな余裕はなくなってしましました。でも、わが家の庭にバラが咲くたびに喜こんでいました。ガーデニング愛好家にとって、バラは虫が付きやすく、とても厄介な花です。でも、消毒と冬のあいだの肥料と簡単な剪定(せんてい)をしてやれば、意外と元気に咲き誇ります。
かつて、珍しいオールドローズがはじめて咲いた日、わたしは狂喜しました。
そして、庭でウクレレを弾きながらマイク眞木の「バラが咲いた」を歌ったものです。
あの頃は、愛犬ハリーが生きていた頃で、わたしの周りを走り回っていました。


西洋でもっとも愛されている花はバラです。
ギリシャローマ神話にはバラが登場します。神話は人間の無意識と関わっていますので、西洋人の無意識の中にはバラが存在しているのでしょう。
古代ローマでは、「美」と「愛」がバラの属性となりました。まさにヴィーナスのシンボルだったわけですが、中世ヨーロッパでは「聖」が属性となり、聖母マリアのシンボルへと変わりました。
ユング心理学などでは、バラの持つ究極のイメージとは「魂の完成」であるといいます。
さらに西洋の秘教的伝統、すなわちオカルティズムの世界では、バラは霊的な成長プロセスの達成と開花、そして何よりも「永遠の生命」のシンボルとされました。
このイメージを美しく結晶させた文学作品がダンテの『神曲』です。


神曲【完全版】

神曲【完全版】

バラを人類の普遍思想にまで高めた人が、フランスの作家サン=テグジュペリです。ブログ『星の王子さま』で紹介した彼の代表作では、バラがきわめて重要な役割を果たします。たった1人で小さな星に暮らしていた王子さまの幸せな生活を邪魔する存在がバラの花でした。
バラは無邪気なのですが、わがままで、ウソつきで、依存的で、無秩序な存在で、自分の要求だけを突きつけるのです。一緒にいるとお互いに傷つけ合うと思った王子さまは、自分の星から飛び出してしまいます。さまざまな星をめぐった王子さまは、地球でバラの花を見て、泣き出してしまいます。あんなにも自分が大切に育て、あんなにも自分を困らせたバラは、5000本の中のたった1本でしかなかったのです。


星の王子さま―オリジナル版

星の王子さま―オリジナル版

このとき、王子さまは生まれてはじめての大きな喪失感を覚えました。自分は、この広い宇宙の中でなんと小さく、なんと意味のない存在であるかと思い知るのです。
でも、王子さまが面倒を見たたった1本のバラの花があることによって、王子さまは「意味のある存在」になります。自分とバラの花はお互いに強い絆で結びついた「唯一の存在」であることに気づいた王子さまは、再び、5000本のバラの花を見に行きます。そして、「あの一輪の花が、ぼくには、あんたたちみんなよりもたいせつなんだ」と語るのです。
砂漠で会ったキツネから「面倒みた相手には、いつまでも責任があるんだ。守らなきゃいけないんだよ、バラとの約束をね・・・」ということを教わった王子さまは、自分だけの一輪のバラが待つ小さな星へ還っていきます。



サン=テグジュペリにとっての1本の守るべきバラとは何だったのでしょうか。
それは、ニューヨークにいる不倫関係の恋人であるとか、フランスに残してきた妻であるとか、さらには故国フランスそのものであるとか、いろいろな説があります。
でも、わたしは、きっと彼にとってのバラとは、恋人であり、妻であり、故国であったのだと思います。バラは、すべての「かけがえのない大切なもの」のシンボルなのだと思います。
星の王子さまは、バラの花によって愛を知り、愛したものに対する責任を学びます。気まぐれにペットを捨てるばかりか、わが子さえ捨てる人もいる昨今、王子さまのメッセージはわたしたちの心に突き刺さります。親ならば子に対して、夫ならば妻に対して、経営者ならば社員に対して、教師ならば生徒に対して、わたしたちは愛と責任を持たなければならないのです。



職場でのコミュニケーションがうまくいかずに悩んでいる人もいるでしょう。
離婚を考えている人もいるでしょう。
親の介護をしている人もいるでしょう。
わたしたちは、すべてつながっているのです。
わたしたち人間は一人では生きていけません。
重要なのは「人間」ではなく、「人間関係」なのです。バラの花束をプレゼントすることが、なぜこれほど人間関係を良くするのかという秘密がここにあるように思います。


花をたのしむ ―ハートフルフラワーのすすめ (日本人の癒し2)

花をたのしむ ―ハートフルフラワーのすすめ (日本人の癒し2)

エスムハンマドは「愛」を説き、孔子は「仁」を説き、ブッダは「慈悲」を説きましたが、それらすべては他者に対する「思いやり」ということ。誕生日で、快気祝いで、送別会で、贈られるバラの花束。それは、「思いやり」そのものなのです。『星の王子さま』を貫くメインテーマは、「ほんとうに大切なものは目に見えない」です。
ならば、バラの花束とは、目に見えないはずの「大切なもの」を目に見せてくれる、まるで魔法のような、奇跡のような、そんな存在なのだと思います。


妻が書斎に飾ってくれたピエール・ド・ロンサール


蕾がたくさんついたピエール・ド・ロンサールの枝を切ってしまって、妻には本当に悪いことをしました。妻が書斎に飾ってくれたバラはとても良い香りがしました。その香りを嗅いでると、もうすぐ、5月20日だということに気づきました。わたしたちの26回目の結婚記念日です。その日、せめてもの罪ほろぼしに、妻にはバラの花束を贈りたいと思います。



*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2015年5月17日 佐久間庸和