人類の未来を育む礎に

16日の夕方、東京から北九州に戻りました。スターフライヤー羽田空港への到着が20分遅れ、そのぶん北九州空港に着くのも遅れました。さて、ブログ「日経新聞取材」で紹介した「日本経済新聞」夕刊「こころのページ」のトップインタビュー記事が掲載されました。


日本経済新聞」8月16日夕刊



紙面には「人類の未来を育む礎に」の大見出し踊ります。
そして「有縁社会をつくる」「絆の大切さ再確認」の見出しで、以下のように書かれています。
「葬式というカタチが人類の滅亡を防いできた」
佐久間庸和氏(51)は2つの顔がある。一つは遺族の心を癒す「グリーフ(悲嘆)ケア」や「幸福な死」を表現する葬儀などを模索する冠婚葬祭会社の社長。もう一つは作家・一条真也。哲学や心理学、文学、宗教書を渉猟し、流行語にもなった「ハートフル」(心豊か)な生き方を訴え続けてきた。



「2010年1月にNHKが『無縁社会』という番組を放送した時、正直、危機感を覚えました。自殺者が年3万人いる一方で、孤独死が3万2千人も発生している衝撃的な事実を突きつけ、菊池寛賞を受賞します。しかし、無縁社会という言葉が言霊のようにネガティブな現実として固定されてしまう。社会とは本来、縁ある衆生のネットワークの意味で、無縁社会という言葉自体に矛盾がある。地縁や血縁が薄れ、無縁化しているのは事実ですが、社会をよい方へ導くキャンペーンをもっとやるべきではないか、と」



「同じ年の1月に島田裕巳氏が『葬式は、要らない』という本を出し、ベストセラーになります。私は『葬式は必要!』という反論書を世に問いました。確かに葬式仏教や檀家制度の綻び、葬儀業界の形式だけのサービスなど色々な制度疲労はあります。しかし、ネアンデルタール人が7万年も前から花の上に死者を置いて葬儀をしていたことがわかっている。配偶者や子供、家族が死ねば人の心にポッカリ穴が開き、自殺の連鎖が起きたでしょう。以前、文化人類学者の山口昌男氏と対談した時、先生は『葬式は無駄なこと。しかし、人類は無駄をなくすことはないよ』とおっしゃった。弔いをやめれば人が人でなくなる。葬儀というカタチは人類の滅亡を防ぐ知恵なのです」



翌年の東日本大震災が「無縁社会」の風潮を変えたとみる。
「被災地から戻ったスタッフは皆、驚いています。津波で流されて戻らない方がいかに多いか。それでもみなさん、毅然として自衛隊の人たちに『ありがとうございます』と深々と頭を下げる姿がある。私も何度か被災地へ行きましたが、ご遺体があって葬式をあげられることがどれだけ幸せなことか痛感されたのではないでしょうか。そして多くの人々がボランティアや復興支援に携わり、絆・縁の大切さが認識されるとともに、世の中、無縁社会一色でないことがわかりました」
「ただ、孤独死を防ごうにも民生委員だけでは限界がある。死は平等だし、ホームレスの方のお葬式も必要です。孤独死や自殺を減らすお手伝いをし、有縁社会をつくりたいものです」



死は「不幸」ではない
日本では「身内に不幸があった」という言い方をする。
「人の死は悲しいですが、それを『不幸』と呼んでほしくはない。アラブでもインドでも不幸とは言いません。この言葉から解放して『人生を卒業した』と言ってもらいたいですね。
人生の儀式は大体、卒業式です。神の国からこの世へ卒業してくる誕生祝いがあり、人間界の住人と認めてもらう七五三。子供から卒業する成人式があり、実家から卒業する結婚式、そして人生の卒業式が葬儀です」



人生の卒業式では大いに泣いた方がいいという。
愛する人がいなくなった瞬間、異次元に陥ったように自分がどこにいるか、時間も場所もわからなくなります。儀式を通じて歪んだ時間と空間を一回壊し、生きるための新しい時間と空間を創る必要があります。韓国には泣けば泣くほど死者にエネルギーを送るという考えがある。日本では嘆くことをはばかる感じがありますが、司会者がさあ、泣いていいですよ、とサインを送った方がいい。また、儀式は面倒なものですが、人が来て慰めてくれることが重要です。面倒の中に癒しと安全装置の本質があります」



「今の葬儀のほとんどは形式的で心がこもっていない。私は孔子の説く『礼』を信条とし、『天下布礼』に努めています。ただ、儒教の礼は形式主義に流れがちですが、ブッダの唱える生きとし生けるものへの『慈』も大切です。そこで『慈礼』と表現すれば、慈しみに基づく人間尊重の心を大事にした、魂に響く挨拶、お辞儀、笑顔、冠婚葬祭が可能になると思います」



偲び方の変革を訴えてきた。
「お墓が遠ければ次第に足も遠のいてしまう。でも、故人をできるだけ多く思い出すことが幸せではないですか。墓不足も背景ですが、観光地のお寺などと組んで花や木々を墓標にした樹木葬、海に散骨する海洋葬、そして月面葬宇宙葬。私はこれらを4大メモリアル・イノベーションと考えています。古来、月と人間の生命は縁深いと考えられてきました。海は世界中つながっているからいつでも故人を偲べます。それが日本人の他界観に合う気がします。『地下へのまなざし』から『天上へのまなざし』へ意識を改革する契機になればいいですね」 



フランスで起きた孤独死をきっかけに、1999年に欧州から広がった有縁社会づくり運動「隣人祭り」。2008年10月にはNPOなどと組み、九州で初めてサンレーが支援して同社ホテルで開いた。各地の「隣人祭り」を支援しつつ、有縁社会の作り方を問うている。



また囲み記事では、「『宇宙葬』普及に現実味」「2020年には月面に慰霊塔」という見出しで、以下のように書かれています。
「やはり有縁社会ですね」。20年ぶりの再会を佐久間氏は心から喜んでくれた。1993年春、記者は北九州支局から東京へ異動。「余命は1年」という医師の見立て通り94年1月、我が母は胆管がんで死去した。悲しみも癒えぬ中、本誌コラム「エコノ探偵団」で最新葬儀事情を取材するため、91年に『ロマンティック・デス』を刊行した作家・一条氏に、東京・西麻布の事務所で「宇宙葬」構想を伺ったものだ。
サンレー北九州市内のホテルで秋の観月会、隣人祭りなどの際、満月に向けレーザー光線を照射する「月への送魂」を実施。2020年には月面に慰霊塔を建てる計画だ。驚いたのは6月下旬、都内で開かれた「宇宙イベント」の記者会見だった。10月から低価格の宇宙葬サービスを始める米エリジウム・スペース社のトーマス・シベ最高経営責任者(CEO)の口から「一条真也という作家に影響を受けた」という言葉が飛び出したからだ。「夢を綴った手紙入りの瓶を、トーマス少年が海で拾って読んでくれた」。佐久間氏は感慨深げに笑った。



当初は「一条真也さんに聞く」ということで取材依頼を受け、インタビューの内容も作家としての立場からの発言だったのですが、土壇場で「佐久間庸和さんに聞く」と名前が変わっていたので、驚かれた方も多かったと思います。わたしも名前の変更を直前で知り、非常に戸惑いました。なんでも編集部内で「どちらの名前にするか」の議論があったとか。
最後の最後まで意見が分かれたそうです。



でも考えてみれば、記事の中にも登場する「隣人祭り」にしろ、「宇宙葬」や「月面葬」などのメモリアル・イノベーションにしろ、すべて一条が構想して、佐久間が実行しているわけです。いわば一条と佐久間は「不即不離」の関係にあるのです。
ですから、どちらの名前が使われても不自然ではないでしょう。



天下布礼」や「有縁社会」、そして「カタチにはチカラがある」、「死は不幸ではない」などのわたしのキーワードもきちんと書いていただき、大変感謝しています。
日経の夕刊は約160万部発行されているそうなので、記事の反響が楽しみです。
最後に、真摯に取材をしていただき、わたしの想いを達意の文章でまとめて下さった日本経済新聞社編集委員の嶋沢裕志氏に心より感謝申し上げます。



*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2014年8月16日 佐久間庸和