こころの世界遺産


わたしは、これまで多くの言葉を世に送り出してきました。
この際もう一度おさらいして、その意味を定義したいと思います。今回は、「こころの世界遺産」という言葉を取り上げることにします。



慈経 自由訳』(三五館)の帯には「親から子へ、そして孫へと伝えたい『こころの世界遺産』」と書かれており、この「こころの世界遺産」という言葉が反響を呼んでいるようです。
同書の帯には、「『論語』や『新約聖書』にも通ずる、ブッダからの『慈しみ』のメッセージ」とも書かれています。「慈経」(メッタ・スッタ)は、仏教の開祖であるブッダの本心が最もシンプルに、そしてダイレクトに語られている、最古にして最重要であるお経です。
上座部仏教の根本経典であり、大乗仏教における「般若心経」にも比肩します。


慈経 自由訳

慈経 自由訳

「慈経」は我が国の仏教学の泰斗である中村元の訳が『ブッダのことば』(岩波文庫)に収録されています。この「慈経」という経には、わたしたちは何のために生きるのか、人生における至高の精神が静かに謳われています。わたしたち人間の「あるべき姿」、いわば「人の道」が平易に説かれているのです。「足るを知り 簡素に暮らし 慎ましく生き」といった仏教の根本思想をはじめ、「相手が誰であろうと けっして欺いてはならぬ」「どんなものであろうと 蔑んだり軽んじたりしてはならぬ」「怒りや悪意を通して 他人に苦しみを与えることを 望んではならなぬ」といった道徳的なメッセージも説かれています。
その内容は孔子の言行録である『論語』、イエスの言行録である『新約聖書』の内容とも重なる部分が多いと、わたしは思っています。そして、それにソクラテスの発言を紹介したプラトンの一連の哲学書を加えた書物郡を第一期「こころの世界遺産」だと考えています。


第一期「こころの世界遺産」には、他にもリストアップされている作品があります。『旧約聖書』『コーラン』『老子』『憲法十七条』といったものです。ブッダ孔子ソクラテス、イエスの4人は「四大聖人」と呼ばれています。わたしは、この4人に老子モーセムハンマド聖徳太子の4人を加えて、『世界をつくった八大聖人』(PHP新書)を書きました。
ブッダ孔子老子ソクラテスモーセ、イエスムハンマド聖徳太子
この8人は、これまでの歴史において最大級の影響を人類に与えてきたばかりでなく、現在もなお影響を与え続けている人々だ。人類の未来は、この8人の影響を受けた人々の心にかかっていると言っても過言ではない。それほど特別な8人なのです。



もちろん、この8人以外にも世界史に特筆すべき人物は多くいます。ざっと挙げてみても、アレクサンダー、始皇帝カエサル、ナポレオン、徳川家康などなど、いわゆる「英雄」と呼ばれる人々の名が浮かびます。たしかに彼らの成し遂げたことも、後世への影響力も甚大であした。しかし、アレクサンダーが人類初の普遍帝国をめざして創ったマケドニア王国も、広大な中国を最初に統一して始皇帝が開いた秦も、当然ながら今では存在していません。さらには強大で不滅のように思われたローマ帝国でさえ滅び、万全の防衛体制を誇った徳川幕府もいとも簡単に倒されてしまいました。



英雄たちは、あくまでも過去に生きる者なのです。
その直接的な影響力は現在では消えるか、弱まってしまっているのです。一方、先の8人は、いずれも宗教や哲学といった人間の「こころ」に関する世界を開き、掘り下げていった人々であり、その影響力は現在でも不滅です。仏教も儒教キリスト教も哲学も、今でもしっかりと生き続け、時代にあわせた新しい展開を見せています。その意味で、彼らは人類の「こころ」の形を作った人々と言えるかもしれません。そして、彼らの言行録や思想の記録は、「こころの世界遺産」と呼べるでしょう。


その後、わたしは『涙は世界で一番小さな海』(三五館)で第二期「こころの世界遺産」について紹介しました。第一期「こころの世界遺産」の書物を読んでみると、ブッダ孔子もイエスソクラテスも、いずれもが「たとえ話」の天才であったことがよくわかります。
難しいテーマをそのまま語らず、一般の人々にもわかりやすく説く技術に長けていたのです。中でも、ブッダとイエスの2人にその才能を強く感じます。だからこそ、仏教もキリスト教も多くの人々の心をとらえ、世界宗教となることができたのでしょう。
そして、さらにその「わかりやすく説く」という才能は後の世で宗教説話というかたちでとぎすまされていき、最終的には童話というスタイルで完成したように思います。



なにしろ、童話ほどわかりやすいものはありません。『聖書』も『論語』も読んだことのない人々など世界には無数にいるでしょうが、アンデルセン童話をまったく読んだことがない人というのは、ちょっと想像がつきません。これは、かなりすごいことではないでしょうか。
童話作家とは、表現力のチャンピオンであり、人の心の奥底にメッセージを届かせ、その人生に影響を与えることにおいて無敵なのです。



わたしは、アンデルセンメーテルリンク宮沢賢治サン=テグジュペリの4人は、もうひとつの「四大聖人」であると思っています。実際、『人魚姫』『マッチ売りの少女』『青い鳥』『銀河鉄道の夜』『星の王子さま』といった童話には、宇宙の秘密、いのちの神秘、そして人間として歩むべき道などが、やさしく語られています。これらの童話は、人類すべてにとっての大切な「こころの世界遺産」であると、わたしは確信しています。わたしは、これからも人類を幸福にすることができる「こころの世界遺産」について紹介していきたいと願っています。


これからも「こころの世界遺産」を紹介します!



*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2014年2月27日 佐久間庸和