宮沢賢治(3)


おはなしは、虹や月あかりからもらってきたのです




言葉は、人生をも変えうる力を持っています。
今回の名言は、日本の童話作家で詩人の宮沢賢治の言葉です。彼が生前に出版した唯一の童話集『注文の多い料理店』の「序」には、「これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらつてきたのです」という一節があります。



あまりにも有名な一節ですが、じつはアンデルセンの『絵のない絵本』の模倣であるという説があります。たしかにそういった見方も可能ですが、まったく違った見方もできます。そして、その見方のほうが賢治の創作の秘密と密接に関わっていると、わたしは思います。
すなわち、「虹や月あかりからもらつてきたのです」という言葉が比喩でも誇張でもなく、事実そのものだったのではないかという見方です。賢治は虹や月あかりからのメッセージを受けとれる一種の霊能力者だったのではないかということです。



森荘巳池氏という、岩手県盛岡市在住の直木賞作家がいます。
花巻農業高校時代に賢治の文学仲間だったことでも知られていますが、その森氏が賢治の霊的能力について明かしています。賢治の処女詩集である『春と修羅』に対して、森氏が好意的な評論を書いたことがきっかけで、賢治は森氏の自宅をよく訪れて文学談義をしたそうです。その際、賢治は色々と不思議な体験を話してくれたというのです。たとえば、木や草や花の精を見たとか、早池峰山で読経する僧侶の亡霊を見たとか、賢治が乗ったトラックを崖から落とそうとした妖精を見たとか、そういった驚くべき体験です。また、賢治が窓の外を指さして「あの森の神様はあまり良くない、村人を悩まして困る」と語ったこともあるそうです。



どうやら、賢治には、迷った霊魂が見えたようです。今でも花巻の地元では、賢治のことを「キツネ憑き」と呼んで敬遠する人々がいるそうで、宮沢家の人々も賢治の不思議な能力については知っていましたが、タブーとしてけっして語らないそうです。 
なお、今回の宮沢賢治の名言は『涙は世界で一番小さな海』(三五館)にも登場します。

涙は世界で一番小さな海―「幸福」と「死」を考える、大人の童話の読み方

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2013年10月26日 佐久間庸和