全互連総会の翌日、わたしはオプションの観光コースに参加しました。
ホテルを8時30分に出発して、まずは塩屋埼灯台に向かいました。非常に濃い霧が立ちこめていましたが、途中で津波の被害の跡がたくさん目に入り、心が痛みました。
津波の傷跡に心が痛みました
「みだれ髪」の歌碑の前で、サンレーの山下部長と
美空ひばりの哀悼碑の前で
塩屋埼灯台は、福島県いわき市の平薄磯に建つ大型灯台です。地元では「豊間の灯台」とも呼ばれていますが、素晴らしい立地と、白亜の美しい外観から「日本の灯台50選」にも選ばれています。しかし、津波の被害で壊滅的な状態になり、現在は近づくことができません。
塩屋埼灯台の近くには、美空ひばりの名曲「みだれ髪」の歌碑と遺影碑が建っており、その200mほど北には「永遠のひばり像」も建立されています。さらに、 日本映画の名匠・木下恵介監督の「喜びも悲しみも幾歳月」(1957年・松竹)の記念碑もあります。
「アクアマリンふくしま」にて
魚のCAPをかぶって・・・・・ギョギョッ!
次にわたしたちが向かったのは、環境水族館「アクアマリンふくしま」でした。
福島の海の大きな特徴である太平洋の「潮目」をテーマにした水族館です。自然光が降り注ぐ館内では、植物も展示し、親潮の源流オホーツク海、黒潮の源流域熱帯アジアの自然、福島県浜通りの海山川の生態系を再現されていました。
わたしは水族館が大好きな長女のことを思い出しました。
彼女がここに来たら、きっと大喜びするでしょう。
割烹「一平」で昼食を取りました
女将さんの挨拶が印象に残りました
昼間のビールは旨いですね!
アクアマリンふくしまを後にしたわたしたちは、割烹「一平」で昼食を取りました。女将さんが挨拶をされ、福島への支援を訴えられました。「わたしたちは、風評被害ではなく実害に遭っています」という言葉が心に残りました。
ビールも飲みましたが、昼間のアルコールは本当に旨いですね。
それから、観光物産のお店を訪れました。わたしは、うに缶や貝柱を買い求めました。
そして、わたしが今回最も楽しみにしていた「野口雨情記念館」を訪れました。
ここは、茨城県北茨城市磯原町磯原にあります。
童謡作家の野口雨情は、明治15年、現在の北茨城市の磯原に生まれました。雨情の作品や書、著作などが展示されています。わたしは、「十五夜お月さん」「七つの子」「赤い靴」「青い眼の人形」「しゃぼん玉」「こがね虫」「あの町この町」「雨降りお月さん」「証城寺の狸囃子」「うさぎのダンス」などの多くの名作を書いた雨情の大ファンなのです。
「しゃぼん玉像」の前で
雨情の生家にて
海沿いにある「通りゃんせ」の像
雨情の作品には、なんだか泣きたくなるような郷愁と哀愁が感じられます。
それは、その歌の背景にはさまざまな現実のストーリーがあるからです。
たとえば、「しゃぼん玉」は雨情が幼くして失った長女を歌った作品だとされています。我が愛する娘のはかない命を、すぐ消えてしまうしゃぼん玉に例えたのです。
「しゃぼん玉」とは、グリーフケア・ソングだったのです!
その哀しくも透明な美しさを備えたセンチメンタリズムは、雨情の友人であった小川未明の「金の輪」などに代表される童話の世界にも通じます。その未明もまた、幼いわが子を失うという経験を持っていました。死別の悲しみが、詩とメルヘンを生んだのです。
記念館からの帰り道、海沿いの道に「通りゃんせ」の像がありました。
有名なこの「通りゃんせ」もまた、雨情の作品と伝えられています。
天心記念五浦美術館にて
六角堂にて
岡倉天心の墓参りをしました
その後は、「天心記念五浦美術館」を訪れました。ここは、岡倉天心や横山大観をはじめとする五浦の作家たちの業績を顕彰するとともに、優れた作品が鑑賞できる美術館です。
近くには、六角堂もあります。明治時代に岡倉天心が思索の場所として自ら設計した六角形の建物です。現在は茨城大学が管理していますが、「関東の松島」の異名を持つ景勝地・五浦海岸の中でも最も美しい景観の場所に建っています。
その後、岡倉天心の分骨された墓地を参拝しました。
雨情生家の前も津波の被害が・・・・・
野口雨情記念館、野口雨情生家、天心記念五浦美術館、六角堂・・・・・すべては、東日本大震災による津波の被害を受けていました。
あの津波によって甚大な被害を受けたのは福島第一原発だけではなかったのです。
改めて、未曾有の大災害の傷跡を思い知った福島・北茨城の旅でした。なお、それぞれの訪問場所について、詳しくはブログ「塩屋崎灯台」、ブログ「アクアマリンふくしま」、ブログ「野口雨情記念館」、ブログ「天心記念五浦美術館」、ブログ「六角堂」を御覧下さい。
大津港駅にて
最後にJR常磐線の大津港駅に到着したわたしは、16時40分発の“スーパーひたち54号”に乗って上野駅へと向かいました。スーパーひたちは混んでいて、最後は満席でした。約2時間のあいだ、わたしはブログを書いたり、本を読んだりしました。ようやく上野駅に着くと、なんと、ジャイアント・パンダが迎えてくれました。いやー、嬉しいなあ!
上野駅でパンダが迎えてくれました
*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。
2013年6月6日 佐久間庸和拝