松下幸之助(2)


礼は人の道である




言葉には、人生をも変える力があります。
今回の名言は、「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助の言葉です。
パナソニック創業者であり、幾多の苦難の末に経営者として稀にみる大成功を収めた彼は、渾身の著書『人間を考える』(PHP文庫)において、「礼」の問題を追求しました。
そして、「礼をするから人間である」、さらには「礼は人の道である」と喝破しました。



混迷を深め、人間が自らを見失いつつある現代。
松下幸之助は、自然に対して弱い存在と認識されがちな人間を、あえて万物の王者であると位置づけます。そして、人間は万物を支配活用しながら、物質と精神を調和、繁栄させる事のできる優れた本質を持っていると定義しています。
また、人間がこの事を正しく自覚し、認識するならば、人種、国家の枠を超えて相互理解を目指し、個々の知恵を超えた、集団の知恵を寄せ合い、様々な知恵の融和により、人間のさらなる進化創造を目指すことができるとしています。そうした過程で最も大切な事は、「素直な心」を持つ事です。ひとつの事にとらわれず、物事をあるがままに見ようとする心が、真の素直さであり、人間を正しく、強く、聡明にするものであると説いています。



『人間を考える』を読んで、自分もこんなスケールの大きな本を書きたいと思いました。
その考えを当時のPHP研究所の社長であった江口克彦氏(現・参議院議員)にお話したことがあります。その結果、『世界をつくった八大聖人』(PHP新書)を書かせていただきました。ちなみに、江口氏は若い頃に松下幸之助の秘書的な役目を務めておられ、最も「経営の神様」の近くにおられた方です。『人間を考える』の執筆にも多大な寄与をされています。



わたしが何よりも同書を読んで感動したのは、松下幸之助が「礼」というものを重んじている点でした。サンレーという社名の意味のひとつに「讃礼」すなわち礼の精神を讃えることがあるように、わが社は何よりも「礼」を重んじる会社です。
でも、礼には大きく分けて2つの意味があります。人の道としての礼と、作法としての礼です。
「モラル」としての礼と、「マナー」としての礼と言ってもいいでしょう。
わたしは前者を「大礼」と呼び、後者を「小礼」と呼んでいます。
『人間を考える』で触れられている礼は、まさに「大礼」です。



わたしは日頃から「礼経一致」の精神を大事にしたいと考えていますが、「経営の神様」といわれた松下幸之助も「礼」を最重要視していました。彼は、世界中すべての国民民族が、言葉は違うがみな同じように礼を言い、挨拶をすることを不思議に思いながらも、それを人間としての自然の姿、人間的行為であるとしました。すなわち礼とは「人の道」であるとしたのです。そもそも無限といってよいほどの生命の中から人間として誕生したこと、そして万物の存在のおかげで自分が生きていることを思うところから、おのずと感謝の気持ち、「礼」の気持ちを持たなければならないと人間は感じたのではないかと松下幸之助は推測します。



ところが、最近になってその人間的行為である「礼」が、なにやら実際には行なわれなくなってきました。挨拶もしなければ、感謝もしない。価値観の多様化のせいか。だが、礼は価値観がどんなに変わろうが、人の道、「人間の証明」です。それにもかかわらず、お礼は言いたくない、挨拶はしたくないという者がいます。
松下幸之助は、「礼とは、そのような好みの問題ではない。自分が人間であることを表明するか、猿であるかを表明する、きわめて重要な行為なのである」と説きました。 
ましてや経営や組織で1つの目的に向かって共同作業をするとすれば、当然、その経営、組織の中で互いに礼を尽くさなければなりません。挨拶ができないとか、感謝の意を表わすことができないというのであれば、その社員は猿に等しいと言えます。



経営者も社員に対して礼の心を持つ必要があります。自身が範を示さず、社員に礼を求めるばかりでは指導者としての資格はありません。要するに経営者も社員も「人間」であるかぎり、互いに人間的行為、すなわち礼を尽くさなければならないということです。さらに、お客様に対する礼は、人間としての最高の礼を示さなければなりません。お客様の存在によって経営は成り立ち、社員は生活できることを考えれば、経営者も社員もお客様に対して「最高、最善の礼」を尽くすことは当然です。松下幸之助は「生産者は、いい物を安く作るのが人類への礼というものだろう」とまで言っています。
江口克彦氏は、なぜ松下幸之助が経営において成功したのかについて、この「礼」を自らも徹底し、社員にも強く求めたことが重要な成功理由の1つであるとしています。



松下幸之助はさらに言います。礼とは、素直な心になって感謝と敬愛を表する態度である。商いや経営もまた人間の営みである以上、人間としての正しさに沿って行なわれるべきであることを忘れてはなりません。礼は人の道であるとともに、商い、経営もまた礼の道に即していなければならないのです。礼の道に即して発展してこそ、真の発展なのです。
70年間で実に7兆円の世界企業を築き上げ、ある意味で戦後最大の、というよりも近代日本で最大の経営者といえる松下幸之助が最も重んじていたものが人の道としての「礼」と知り、わたしは非常に感動しました。それとともに、「礼経一致」に基づくサンレーの企業姿勢が間違っていないことを確信し、「天下布礼」の道を歩む決意を固めたのです。
なお、この松下幸之助の名言は『孔子とドラッカー新装版』(三五館)にも登場します。


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2013年4月29日 佐久間庸和